古都首里周辺のおすすめスポットを首里石嶺のハウスセンターより随時発信しております。 地元ならではの穴場情報をお伝えできればと思います。/

御茶多理真五郎 (ウチャタイマグラー)

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昔、西原巻間切嘉手苅村(現在の西原町字池田)というところに、五郎(グラー)という大変な豪傑がいました。
昔は、どこの村でも、戦前までは季節季節に盛んなお祭りがありました。
そのお祭りというものはもともと、人間が楽しげに賑やかにしているのを神様に見てもらう、そうすると神様は「よしよし、わんの保護してやっている人間どもは、幸福に暮らしているらしいなー」と安心するという意味があったのだそうです。
神様を安心させるには、相撲が一番だという考えがあって、どこの村でも以前はよくお祭りには相撲をやったそうです。
さて五郎は、あっちの村で相撲があると聞けば出かけて行って相撲をとります。
こっちの村で相撲があると聞けばまた出かけます。
そして、どこに行っても負けた事がありませんでした。
よって当時沖縄で、西原間切の五郎といえば、非常に有名でした。
とはいえ五郎は、剛力無双というだけの粗野な男ではありませんでした。
彼はまた、三味線や歌の名手としても有名でありました。
筋骨たくましく、口元の気きりりと引き締まって精悍そのものといった彼が、ひとたび三味線を手にすると、どこからこのような音色が出るであろうかと思わせるぐらい、とても奥ゆかしい綺麗な爪弾きを聞かせるのでした。
しかしこうした五郎もついに死ななければならない日が来ました。

そして五郎は御茶多理山の墓(現在の西原町字池田)に葬られました。(↓写真、地図)

不思議が起こったのはその後のことでした。墓の中で、亡者どもを呼び集める声がしたり、相撲をとっているらしく、わーっという喚声がしたりします。ときにはまた三味線の音や歌や歌う声がすることもあります。
「生前に精気あふれ、生き生きとしていた五郎の魂が簡単に消えてしまうはずはなかったのだ」 
と、この世の者達は噂し合いました。
「遊び好きの彼のことだから、あの世に行っても、亡者どもを集めて相撲をとったり、歌、三味線で遊んでいるのだ」
というのが皆の解釈でした。
とはいうものの、墓の中から異様な物音や人声が聞こえるのは、気持ちの良いものではありません。
日が暮れると、墓のそばを通る人は誰ひとりいなくなってしまいました。

しかし年月がたって、しだいに五郎の魂も力が衰えたのか、怪異な音声もそのうち聞こえなくなったそうです。

西原町の幸地の高台より見下ろす中城湾と幾つかある小高い丘のひとつ(あいわクリニック後方の丘で沖縄カントリーゴルフ場手前の丘)の御茶多理山に御茶多理墓 (うちゃたい墓)がありました。現在、墓の位置は不明となっています。




見事な石組み

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末吉宮は第6代琉球国王尚泰久(しょうたいきゅう、1415年-1460年)の時代に熊野権現を勧請して創建されたといいいます。 社殿は戦前まで国宝の指定を受けていましたが、戦災により焼失し、その後再建されたものです。

昔の石組みには、興味を引かれます。大小隙間なく均等に積まれている様に、道具もさほどない時代に創作人達の鍛錬さに関心させられます。

アーチ門は古来沖縄より、広く見られます。昔より外国の方からもそのアーチの美しさに感動したと言われています。


末吉の亀甲墓

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末吉公園から末吉宮に行く古来の石畳道の途中からわき道に入ると

重厚な亀甲墓があります。18世紀初め、約200~300年前の墓ですが、広い墓庭にヒンプンと言われる間仕切り(屋敷の目隠し)があり、あの世とこの世の境目を表しております、
一般に亀甲墓は中国より伝わった墓ですが、その名前の由来は墓の天井部分が亀の甲羅の様だからという事ですが、
墓全体は女性の子宮をイメージしており、人間は死ぬと母の子宮に帰るとも言われています。

うっそうと茂る末吉の森の中に、ひっそりと有るこの墓は独特の存在感を示し来る者を威圧しています。
ここは一見の価値ありです。その後、末吉宮で那覇を見下ろしながら参拝するのもいいものですよ。







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伊江島ハンドー小

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今から200年程前に琉球王国がまだ薩摩藩(鹿児島)の支配下に置かれていた頃、伊江島を領地とする伊江王子の一人息子のカナーという青年がおりました。

ある日、カナーは薩摩に赴く為の服を新調する為に、奉公している首里より沖縄本島北部の国頭村の辺土名に行きました。

そしてカナーは辺土名に滞在中にハンドー小(ハンドーグワー)という、とても綺麗な娘と出合いました。

ハンドー小は村でも評判の美人で、スラリとした細身の体に長い手足に透き通るような白い肌、自慢の黒い長髪は、隣村や遠くの村まで響き渡っていました。

ある晩、カナーが宿舎として使っていた農家の離れで月を眺めながら三味線を弾いていると庭先に白いものが揺れるのに気づきます。

それは、ハンドー小でした。首里から来た豪家の高い身分の青年で洗練された都会人の物腰や風貌にハンドー小は一目ぼれしていたのです。

いつの時代も見知らぬ土地からやってきた毛並みの違う人間を好きになるのは変わらない様です。

「もしやハンドー小か?」 カナーは暗い繁みに声をかけました。

「はいそうです。」 ハンドー小は震える声で答えました。

カナーは 「こっちへおいで」 と優しくハンドー小を呼び寄せました。

「奥さんは、いらっしゃらないですよね」 ハンドー小の問いかけにカナーは 「う、うん」 と嘘で答えました。

そして二人は激しい恋の一夜を過ごします。

その後、辺土名に数日滞在したカナーは 「薩摩から帰ったら必ず迎えに来る」 と言い残し実家の伊江島に帰って行きました。

ハンドー小はカナーの帰りを指折り数えて待っていました。しかし一向にカナーは現れません。

ハンドー小の知り合いで伊江島との船渡しの船頭に玉城という人がいました。

彼の話によると、カナーはとっくに薩摩から帰ってきているということです。

もしやと思ったものの、いや何かの都合で迎えが遅れているのでは・・あきらめきれないハンドー小は、玉城に頼み込み伊江島のカナーのもとへと向かいました。

ハンドー小は船の上で 「あきらめた方がいいよ。カナーは薩摩から帰国後すぐに許嫁と結婚したよ」  と玉城から聞かされました。

ハンドー小は失望のあまりに海に身を投げようとしましたが、玉城に止められて、やはり自分の目で確かめるまではと気を取り直しました。

伊江島についたハンドー小は玉城の教えるままにカナーの大きな屋敷の前に行きました。

屋敷の中からカナーの父親がちょうど出かけるところでした。

「カナーはいますか?ぜひお会いして話したい事があります。」ハンドー小は小声で父親に頭を下げた。

屋敷の奥では奥さんらしき人が何事かと覗いています。

尋常ではない気配を察した父は屋敷の門扉をしめて、「なんの用事だ。」と冷たく上から言い放ちました。

「それは・・・・」ハンドー小は言葉に詰まらせました。

「ははーん、お前だな辺土名でカナーをたぶらかしたというふしだらな女は・・」と父は言いました。

そこにカナーが現れました。後ろに妻の姿も見えます。

カナーは父や妻の手前もあるので 「なんだお前は」 と虚勢を張ってハンドー小を足蹴にしてしまいました。

「カナーさん、奥さんはいないと言ってたではないですか。薩摩から帰ったら迎えに来るとも言っていたではないですか。全て口から出まかせだったのですか?」

ハンドー小のすすり泣く声に、カナーは「うるさい。そんなこと言った覚えはない」とさらに足蹴にしました。

その夜、ハンドー小は伊江島の山超森という山の中で自慢の長い綺麗な髪を木の枝に括り付け首を吊ってしまいました。

船頭の玉城は彼女の亡骸を手厚く葬りながら 「あまりにも、ひどい仕打ちだ。あの一家を呪うといいぞ」 と亡骸に語りかけました。

この一言がハンドー小亡霊をよびよせたのでしょうか。

それからカナーの一族には不幸が続き、父親が原因不明な死をとげ、カナーもそれに続き死にました。

また時より首に黒髪を巻き付けた女幽霊がカナーの屋敷内に現れ、カナーの子孫には奇形児が生まれたり、首のまわりに黒い奇妙な輪ができる病人まで現れ伊江王子の一族は断絶してしまいました。

ハンドー小の遺骨は、国頭村の辺土名の実家により伊江島を望む田原という墓地に埋葬されました。
 

七つ墓

墓の中で赤子を育てる女幽霊・・・・
見栄橋駅のホームより国際通り側を見下ろすと七つ墓の丘が見えます。

久茂地川にかかる美栄橋の北のたもとにあったマチヤーグワー(小さな商店)の前に、
ある夕方、一人の若い女が立ちました。
この辺では見かけない顔でした。 
「何を買うのかね」   と店番の婆さんが声をかけました。
「マチバー小(アメ玉)を下さい。」  女はカ細い声で答えました。そして婆さんがアメ玉を渡してやると、幾つかのグンジューミー(穴開きの一厘線、昔の小銭)を婆さんの手に握らせて去って行きました。

さて、婆さんが店を閉めてその日の売上げを計算しようと、売上げのお金を入れておいた竹筒を開けると、その中にウチカビ(あの世で使うお金)を穴開き銭の型の様に切り抜かれたニセモノの小銭が出てきました。

婆さんは子供のイタズラだろう程度に思い、あまり気にかけず、ポイッと何気にそのニセモノの小銭をゴミ箱に捨てました。
しかし次の日もまったく同じ事が起こりました。
さすがに年寄りの婆さんでも、小銭入れに続けて細工されたニセモノの小銭が入っていては嫌でも気になります。ましてや、今日は子供一人も近づいた様子はありません。
その時、婆さんはふと、今日も来たあの若い女の事を思い出しました。

また次の日の夕方も、若い女はやって来て、いつものように小銭を置いて行きました。
婆さんは、それをわざと小銭入れに入れるふりをして、別の場所に入れて置きました。
女が帰ってしばらくして、婆さんは女の置いていった小銭を出してみました。
すると思った通り、その小銭はウチカビを切り抜いたニセモノの小銭に変わっていました。
婆さんは想像していた事とはいえ、びっくりして腰を抜かしてしまいました。

やがて村の住人らに相談したところ
「よし幽霊であるにしろ、ないにしろ、どこに住んでいるのか見届けてやろうではないか」
という事になりました。
そして、いつものように女がアメ玉を買いに来たとき、青年たちは彼女の後をつけました。
女は音もなく、空中を漂うようにして、美栄橋の橋を渡り、十貫瀬(現在の見栄橋駅方面)へ歩いて行きました。当時は、この辺りは寂しい場所でありました。
小高い丘(現存)があって、その横腹に七つの墓(一部現存)が掘り込まれていましたが、女はその中の一つに吸い込まれるようにすっーと消えてしまいました。
青年たちもさすがに恐くなりましたが、大勢の気強さで、松明を灯すと、墓の中に入って行きました。
そしてそこに彼らは発見したのです。
壊された棺桶の中に (例の若い女と赤ん坊の死体) を。
赤ん坊の死体のまわりには、いつも女が買いに来るアメ玉が散乱していました。

やがて次のような事情が明らかになりました。
女は亡くなった時に妊娠していて、臨月でした。夫は彼女が病気になったのもかかわらず、かねて馴染みだった別の女の所にいっており、亡くなった時も、ろくに女の世話をせずに、遺体を棺桶に入れると、雑にそのままこの墓に葬りました。
ところが亡くなったと思ったのは誤りで、この女は実は葬られてから、息を吹き返しました。
そして棺の中に閉じ込められている自分に気づくと、必死の思いでどうにか棺を蹴破って外に出て、そこで赤ん坊を産みました。
しかし女は、とうとう力尽き、誰にも見とられることなく、墓の中で今度こそは本当に息を引き取りました。
赤ん坊は彼女よりも少し長く生きたようです。
それで女の思いが残りました。
赤ん坊より先に死んでしまって、赤ん坊に乳の与えられなかった若い母は、夜な夜な幽霊となってアメ玉を買いにマチヤー小(商店)に出たという訳でありました。  わが子を思う母の情念が幽霊となってまで、この世に現われたというお話です。

移動距離と収入

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一概には言えませんが、不思議と移動距離と収入は比例します。

移動距離が長い人ほど年収が高く、移動距離が短い人ほど年収は低いということです。

なるほど、世の成功者たちは自らよく旅に出かけ、異文化に触れる事を欠かしません。

仕事でも年中飛び回り、あらゆる所に人脈のネットワークが広がっております。

また、日常でも足繁く外に出かけ、色々な人と接触しています。

帰りもまっすぐ家に帰らずに、何か楽しい事がないかなと、よく道草をします。

反面、収入が低い人は、まっすぐ家に帰り、旅行はあまりせず、付き合う人は、いつも同じ人です。

ではなぜそれらが収入に現れるのでしょうか?

ある人は
「旅をして広い世界を見ることは、大いに明日への活力になる。また現地の人や生活に触れる度にビジネスのヒントになる事が多い。何より自分の現在の立ち位置が見えてきて、これからやるべきことが見えてくる」といいます。

ある人は 
「40歳からは人脈が命で、仕事の繋がりや依頼は全て人脈から、そして人脈は広ければ広いほどよい」 といいます。

またある人は、
「ひと所に居ては付き合う人も決まってくるので情報が入って来ない。また実際に外に出て自らの目で見て感じないと、良い発想も生まれてこない」といいます。

またある人は
「外に出ないと情報が入って来ない。確かに誤った情報に振り回されたり、無駄足だったという事はよくあるが、飯の種である情報収集で良い情報を得るためには、外に出る以外方法はない」 といいます。

またある人は
「確かに色々な人と会って気を使ったり、出会いや情報を求めて、あちらこちら行くのは時には疲れるし、面倒くさい。でも生きる為にはそうせざるを得ない。なぜなら人と会うという営業なしでは仕事は舞い込んで来ないし、営業が何よりの利益をもたらしてくれるから。」 といいます。

またある人は
「熊の冬眠のような穴ぐら社長では儲からない。社長はどんどん外に出てエサ(仕事)を獲得してこないといけない。」といいます。

反面年収の低い人は

「仕事で疲れているのに、何でわざわざ帰宅時に外をブラブラしないといけないのか?わからない。
知らない人と話すのは気を使うから嫌だ。自分は気心知れた数人と遊んでいる方が楽しい。
休みの日まで、知らない人とゴルフ、釣りなんて行ってられない。休みの日は家で一人でゴロゴロしているのが一番楽しい」 といいます。

どちらが儲けられるか一目瞭然ですね。

行動的な人は、好奇心旺盛でいつも刺激を求め、常に外に出てアンテナを張っているので、情報が入りやすく、常に人と会っているので、知り合いも多く、人脈も広げられやすい。

そうでない人は、その逆という事なのでしょう。

ひと所に居続けている人よりも、行動的に動いている方が確実に収入がアップします。

ちなみにハウス太郎といえば、本が大好きなので熱中し過ぎて行動が疎かになる事もしばしば・・・

「万巻の書物を読み、万里の路を行く」いわゆる学びと行動のバランスが何より重要という事を日頃から感じています。

しかし、日頃から常に動き回っているパワフルな社長連中をよく目にしますが、彼らは誰に言われるまでもなく、自然とその様な要素を肌で感じ、行動しまくっているのでしょう。

ハウス太郎も大いに見習わなければ・・・・

目指すは 「走る学ぶ太郎」 です。本当は(走る頭脳)としたかったのですが、

頭脳ってほどのものではないので(学ぶ)にしましたので・・・あしからず・・・

賢人とは・・

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賢人とは

・机はきたなく、乱雑に物があふれているが、どこに何があるかすぐ分かる。

・会議のメモは一切とらず暗記する。

・本はすっ飛ばして斜め読みをする。

・本はビリビリに破り重要な箇所だけ持ち歩く。

・新聞はほとんど読まずに、ネットのみですます。

・物を売り込むCMがとても嫌いなのでテレビは極力見ない。どうしても見たい番組は必ず録画してCM飛ばしで見る。

・ゲームは時間の無駄だと一切しない。

・映画館で、最初の15分面白くなければ、すぐに出ていく。

・酒を飲む時間ほど無駄な時間はないと言って、酒がなければ付き合えない友達とは一切付き合わない。

・飲みに行っても必ず1次会ですぐ帰り、翌日に酒の疲れを持ち越さない。

・睡眠時間を重んじ、きっちり8時間睡眠をとり、リズムを重視し寝だめはしない。

・早寝早起きで必ず通勤ラッシュを避けて早めに出勤する。

・早朝、一番乗りでデスクに座り、静かな中、誰にも邪魔されずに仕事に集中できるのが何より大好きである。

・皆が出社する頃には一仕事終えており、早めに外回りに出ていく。

・必ずランチは誰かと一緒。毎日顔ぶれが違っており常に情報収集している。

・お客さんに商品を売り込まないで世間話ばかりしている。

・話すことより聞くことに重点を置いている。

・商談の沈黙の時、絶対に自分から話始めない。(沈黙は金なり)

・自分の意見はいつも簡潔で短く、理屈ぽくない。

・人との論争を何よりも嫌い、自分の意見で相手を打ち負かそうとは微塵も考えていない。

・わざとらしい自己アピールをしない。分かる人、見てくれる人の貴重な目を大切にする。

・仕事においては完璧を嫌い、とにかくスピードを重視している。

・提出書類の送付状をいちいちパソコンでは作らずに ささっと付箋紙にメモ書きして貼り付ける。

・書類作成に時間をかけずに、そく電話で済ます。

・常に携帯でやり取りしており、頻繁に携帯に連絡が入る。

・走りながら考える。とにかく動き、現場で臨機応変に対応する。机上の空論を嫌う。

・上司に直談判せずに無言で仕事を通じ訴える。

・今いる場所でベストを尽くす。

・衝突しやすい他の部署らをうまく取り込み、味方につけるのがうまい。

・仕事は常にチームプレイだと考え、周囲をうまく使い感謝も忘れない。

・仕事や人間関係は基本的にgive and give and shake の考えで まずは人に与え、与え、いただいた物はみんなに分け与える。

などなど賢人の仕事術や習慣術をいくつかご紹介しました。

多少、個性的な部分もありますが、みな第一線で活躍しているトップビジネスマン達です。

まだまだありますが、今回はハウス太郎が特に印象に残ったものを抜き出してみました。

あなたの仕事のヒントになれば幸いです。

学び

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ひと月におおよそ3万円分は購入する私の本の購入先は、いつも決まってジュンク堂です。

1回で必ず5冊以上は購入しますが、今回は一気に10冊も購入してしまった・・・

ジャンルは様々、自己啓発本~経済~ビジネス~伝記に至るまで気になった本は迷わず買います。

当書店は広いフロアーの1階~3階までが全て本本・・・本島内では圧倒的な部数に加えてゆったりした店内に、ゆっくりと寛げる椅子、暇さえあればいつも行っております。

おかげで各専門書がどこにあるかは、新人の店員よりも詳しい自信があります。(笑)

人生において大切な事とは 「 人と会う事、本を読む事、旅をする事 」 
又は「 万巻を読み、万里を旅する 」 「 賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ 」といいますが、

書物は我々に知性という武器を与えてくれ、そして時には人生の道しるべとなって私達を導き、   
時には傷ついた心を優しく癒してくれます。

そして読書は、
時空を超えて今は亡き歴史の偉人達とマンツーマンで語り合う場を与えてくれ

また時代の寵児といわれる天才らからマンツーマンでビジネスの手解きを受けさせてくれます。

あの雲の上の存在の孫正義氏とも、本という媒体を通じて語り合う事が可能です。

テレビはスポンサーからお金を貰っているCM製作会社が、宣伝により視聴者に商品を売り込む為の情報操作の媒体でしかありません。

それに比べて書物は自分の学びたい一点のみに集中して、好きなだけ学ぶ事が出来ます。

「 私は学ぶ事が何より好き 」です。それは本心です。

私にとって学びの喜びとは、

書物を通じて色々な知識を吸収して行くに従い

自分の思考回路に新しいスパイスが加えられ、

時には自分の価値観が肯定され、やはり自分は間違っていなかったと自信を深めたり、

時には天才の発想に触れ、自分の価値観が、完全に覆されて、己の未熟さを知ったり

時には全世界を征服できるような大きな希望を抱いたり、時には自分の凡人ぶりと無力さを思い知らされたり・・・・等など

と読書でしか味わえない快感と、学びの喜びをいつも感じています。

また読書は、人格形成にも大いに役にたっております。  まず自身の

(・目標設定が明確になり)  (・習慣が変わり)  何より (・プラス思考になって行く) 

様が自分で手に取る様にわかります。

また、ビジネスに関しても大きな影響を与えてくれます。

(大企業の偉大な創業者や大社長のビジネス思考)~(小さな会社の社長の生き残り戦略術)まで、

または(年収、数億円稼ぐ若きベンチャー社長の頭の中身)など等・・

を全て自分なりに吸収させてもらっています。

ハウス太郎の当ブログも日頃の学びの影響が随時に見られますが、

学んだ多くの者の共通点それは、「 皆に学びを伝えたいということ 」 です。

それらは、けして自分が学んで得た知識を皆に、ひけらかし自慢したい訳ではなく

もっと健全な心で、私が運よく学ばせてもらえた貴重な学びを、一人占めするのではなく皆と共用したいという願いです

ですから今後も遠慮なく、いい話、いい思考、読んで欲しいおすすめ本は、どんどん当ブログに投稿させて頂きたいと思います。

学びは私にとって命です。

日々成長できる毎日に感謝しながら    願わくば   皆さまと一緒に前進して行けたら

何より幸せ・・・・・と本心からそう思うハウス太郎でした。

今でしょ!

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ご存知、「今でしょ」でお馴染みのカリスマ講師 林修氏 47歳のドキュメント番組を見ました。

彼の独自の主義、主張にはなるほどと思わせるところが多く、

論理的な説明には、さすが東大進学の現代文の講師、うーんと唸らせる知的な思考があちらこちらに

散りばめられており、おまけに話が面白いのは彼の秀才たる所以なのでしょう。

まず私がテレビを見ていて印象に残った言葉・・・林語録として

・「 自分の負けない生き方を選べ 」 (人生は自分の得意分野の土俵で勝負しろ)

・「 目標となるライバルを選べ 」(レベルの高いライバルを選ぶと、そのライバルに引っ張られ自然と自分も向上して行く)

・ 「理数系の頭で考えれば不連続関数に従いこんなに忙しいのは今だけ。 」

(彼は文系講師だが数学も得意であり、自分を客観的に分析し、人気はすぐ覚めると浮かれない)

・「 本当に頭のいい人は、試験でも横綱相撲が取れる。 」

(東大に現役で入れる本当の秀才に、俺はこれ流だとかいう、くだらないこだわりやプライドはない。
どこからでもかかって来いという静かな自信に満ちあふれながら、あ~こういうのもいいね。と人の答えの良さを素直に認め、自分自身どんどん吸収し成長して行く)

・「 頭のいい人の形成は3歳~5歳の幼児期の間にほぼ決定している。 」

これはたいへん興味深かったので、少しだけ詳しく解説させて頂きますが、

日本の最高学府、東大に入れる人、いわゆる秀才は、人間が言語や脳をつかさどる3歳~5歳の幼児期に左右される。

それはこの大切な時期に、親がいかにして子供の知的好奇心を育ませてあげたかが、今後の人生に大きく影響するというのだ。

それくれいの幼児は好奇心旺盛で見るもの全てに興味を持ち始め、あれは何?これは何?とあらゆる質問を親に投げかける。

そういう中で親がしっかりと丁寧に解説つきで答えてあげ、ではこれはどうなるの?これがこうなったらどうなるの?

と子供の脳に話しかけ子供の知的好奇心をくすぐり、後押しすることが何より大切ということです。

反対に親がその作業をめんどくさがり、しなかった場合には、子供は興味を持たない、問題意識を持たない、考えない子供に育っていくという事です。

そういう子供が成長して、学校で悪い成績をとってくると親は「なんで勉強しないの?」または「しっかり勉強しなさい」と子供を叱りつける。

子供がそうなった原因は全て自分である親にあるのにだ・・・・・というお話。

テストの採点をしながらインタビュアーにそう答える林氏の短いながらも要点をついた解説に

なるほど彼自身が東大を卒業して、今なお東大に生徒を送り出す東大生製造機として

彼もまた親から知的好奇心を刺激するその様な教育を親から受けてきた人なんだなぁとテレビでは言いませんがそう思いました。

ちなみに私、ハウス太郎は、今が好奇心旺盛です。

勉強に早いも遅いもない!!  (勉強できなかった者の言い訳・・・)

じゃあ、いつ勉強するの?    「 今でしょう! 」

べたですみません・・・・<(_ _)>

バブルの正体

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前回、我々が住む社会が金融権力者によって大いに操られているお話をしましたが

これら 「利子つきマネー経済発展システム」 は人間の労働力を見事にお金でコントロールした究極のシステムです。

お金に利子をつける事により経済発展を促進していく無限増大のサイクルシステムは金融権力者と

発展をとげる経済社会、どちらにも好都合の一石二鳥のシステムに違いありません。

ここで重要なのが、黒幕が誰なのかを国民に理解させない点です。

マネーの力とは国民が気づかない内に国家を征服する力であり、

それらは自国の民を、そして他国を経済力で征服する絶大な力を有します。

ドイツのハイパーインフレや日本のバブルも彼らによってもたらされたと言われています。

まずは、日本のバブル(1986年~1991年の約4年間に渡る好景気)についてお話してみましょう。

会社の株主が大きな力を持ていなかった当時の日本の経済体制に疎ましく思っていた欧米の金融権力

者達は、まずは日本の金融の要の中央銀行である日本銀行に目をつけます。

①まずは戦勝国の力を用いて日本政府から中央銀行を独立させます。そしてドルと円を固定相場制にして、海外からの投資家を安心させて日本に投資を呼び込みました。

②外国の投資家達は日本の株や国債、特に不動産を安い内に買いあさりました。すると自然と株や土地の資産価値は上がって行きます。

③次にマスコミを利用します。株や土地を安くで購入した彼らは、更なる株の高騰予測と地価高騰予測をマスコミを通じて宣伝し、国民の目を投資に向けさせます。

④中央銀行はジャブジャブと紙幣を刷りおろし、司令を受けた地方銀行はそれらの大量の紙幣を
湯水のごとく優良企業や個人投資家などにポンポンと低金利で貸し付け不動産を買わせました。

⑤すると株や不動産が値上がりし、バブルが起こり、日本国民は好景気だと有頂天になり、うかれ始めました。田町のジュリアナ東京には高級車で運転手付きのイケイケガールらが扇子を振りかざして踊り狂い、銀座のスナックでは100万円もする高級ボトルが次々に空けられ、スナックのホステスらはマンションをプレゼントされ、路上では万札を振りかざし帰宅のタクシーを奪い合う人々があちらこちらにいました。

しかしその様な異常な状況は長続きするはずがありません。急激に上がった資産価値は、また急激に下がるのが常です。

⑥金融権力者は頃合いを見計らい、彼らの最初からのシナリオ通りに、すぐに中央銀行に通貨の創造を引き締めさせます。

⑦それらがバブル崩壊の引き金となり、外国資本は一気に日本から引き揚げにかかります。

⑧外国資本の突然の引き上げに中央銀行は外貨準備高が足りずに、やむを得ずにドル固定制を外すこととなります。そのことにより日本の通貨の価値は大暴落します。

⑨すると、上がり過ぎていた株や土地価格は物凄い勢いで下がり始め、やがて日本経済は木端微塵に粉砕されました。

⑩銀行の低金利と過剰融資で土地や株を買いあさっていた当時の日本国内の優良企業や個人投資家らは当然の事ながら倒産や破産者が相次ぎ、各銀行は融資が焦げ付き大量に不良債権を抱えるはめとなりました。

⑪その後、日本はIMF(国際通貨基金)の融資を受けざれるを得なくなり、日本の資本主義は見事に金融権力者に取り込まれた。

日本の打撃がいか程のものかは、バブル崩壊から約24年、山高ければ谷深しで、今なお続く経済不況をみれば明らかです。

バブルの責任は今でも銀行の過剰融資にまつわる日銀の金融政策のせいにされておりますが、裏で糸を引いていたのは実は海外の金融権力者達だったという事です。

政治家も、マスコミも、国民までもが彼らの戦略にまんまとはまり、今なおその事実が見えないのが、彼らの権力の強大さに他なりません。

このように我々、日本人は民主主義の名のもとにマネーの操作の中にしっかりと組み込まれ操られています。

以上の様に、マネー経済操作とそれがもたらした日本のバブルの現状をご説明させて頂きましたが、

私みたいな小島の零細企業の一代表が、偉ぶって国や政治体制を批判する気はもうとうありませんが

それらを知ることが、我々がこれから先の混沌とした先が見えない経済状況の中で生き抜く道の第一歩

の様な気がします。

マネー操作

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前回、富のシンジケートのお話をさせて頂き、その中で

彼らが一国の貨幣価値すら自由に操り、インフレ、デフレ、バブルなどを自由に起こせる話を少しさせて頂きましたが、

富のシンジケートの頂点は、国際金融権力といわれる欧米の金融財閥を頂点とする財閥または銀行オーナーを中心として成り立っています。

そして驚くことに、私たちの社会システムはすべて彼らの操作の元に動かされているという事です。

一国の政治家も、一国のトップさえ彼らには及ばない権力、国をも飲み込むあまりにも強大な力とは一体何なのでしょうか?

彼らはまず、歴史の教訓から、戦争や軍事力等の力で押さえつける政治体制を脱却し

お金で民衆を束ねられ、言う事を聞かせる政治体制を構築する事が何よりも重要でした。

そこで生まれたのが民主主義と資本主義経済が組み合わされた、いわゆる自由民主主義経済社会です
具体的にはアメリカ、EU(欧州連合、イギリス、フランス、イタリア、ドイツなど)、日本などがそうです。

それらは中国やロシア等の共産主義や社会主義にはない政治システムを構築すること

すなわち、国民を 「マネー第一主義」 による自由経済競争に染め、マネーの力のみで国民を自由に操る政治体制の構築こそが彼らが描く理想の政治システムだったのです。

そんな馬鹿なとお思いになるかもしれませんが、
私達が生活するすべてのシステムが彼らの意図するところで、
私たちは、一見自由な競争社会の中で自由にお金を稼げて使えていると思いがちですが、
それらが彼らが構築したシステムであり、お金を庶民の間で巧みに循環させ、大本(おおもと)が儲かる仕組みが正に、この政治体制なのです。

細かく説明すれば本一冊分の説明が必要となりますので、かなり大まかに掻い摘んでわかり易くご説明させてもらいますが、

まず企業が事業を起こす際に借金をしてからしか事業をできない様にする。そして事業を継続するのも融資という形で金融機関の力を借りなければ事業が継続できない状況をつくる。これらは当然の原理でありますが、借金をすると当然の事ながら利子が生まれます、企業はその利子を返すために経済発展を続けなければなりません。その繰り返しにより企業や社会は無限の成長を続けなければならないサイクルに陥ってしまいます。要するに、企業や社会を借金づけにすることが、一番彼らが儲けることに繋がるシステムなのです。
土地も企業も国のものでは、彼らの儲けにはならないのです。
事業資金の貸し付けによる利子こそが、経済を無限に成長させ続ける彼らの手法であり彼らが儲けるシステムなのです。

利子とはそもそも存在しないお金です。それをお金持ちが待っているお金を人や企業に貸しつけるより借金をさせ、借り手は借金を返す為に仕事を頑張るが、利子がある為、借金は思うように減らない、借金を減らす為には事業を拡大しなければならずに、その為にはまたお金持ちから借金しなければならない。お金持ちがお金を貸せるおかげで企業は大きくなり、その様にして経済は発展していく。一番おいしいのは、お金を貸せるだけでお金が増えていくお金持ちという構図なのです。

これらが西欧で誕生した金融権力者の開発した「利子つきマネー経済発展システム」なのです。

なるほど、これらは個人や企業の自由競争を手助けしながら、自身が潤っていく究極のシステムに違いありません。 土地や企業が国有の共産主義や社会主義にはないシステムです。

そしてマネーの支配者は陰から民主主義を自由に操作しています。

政治が経済の動向で左右されているのが今の政治の状況であり、政治家はあれやこれやと経済対策や回復に力を注ぎ、ダメなら国民の支持を得られず失脚して行きます。政治家も経済に左右される小さな存在であり、彼ら(政治家ら)は操作できない経済そのものの浮き沈みに漂う木の葉の様な存在に過ぎません。そして経済を自由に操作しているのが、彼ら金融権力者たちであり、それが表に見えてこないのが彼らの闇の力の巨大さに他ならなりません。

彼らはマスコミすら自由に操り闇に隠れ、ある目的の為の景気変動を自由に起こします。
マスコミはそれらを別の観点で説明します。
市民はマスコミを信じ込み、土地が上がると言えば土地に群がり、株、金しかり、彼らは自分らが仕掛けた罠ですから一番安い時に買い、儲け放題で、頃合いを見計らってスパッとその場から退却します。

一方、マスコミに踊らされた市民は、上がりきった時に買わされ結局、大損します。なぜなら多くの市民の耳に情報が届くのは、いつも最後の一番高い上がりきった後だからです。・・・市民は一番高い時期に、高い買い物を、ましてや金融機関から利子つきで借金して購入します。

彼らは自分は安くで買いあさった後に、マスコミ操作で市民には、わざと高くで買わせ、その購入費用も自分のお金を利子つきで貸し付ける。

いずれにしても金融権力者が儲ける仕組みなのです。

お金は持つ者のところに、淀みなく流れていく様が お分かりですね。

このようにマスコミ操作、経済操作を自由に行えるのが彼らであり、そのマネーの力こそが、文明社会の究極の民を従えるシステムに他なりません。

彼らの真のマネーの造り出し方や、経済操作の具体例は、また次回ににご説明いたします。

私たち弱者に必要なもの、それは彼らが仕掛けた嘘や罠に騙されない術を身に着ける事
世の中の罠や嘘を見抜き、だまされない術を養っていく、いわゆる弱者の武器である知性を磨いて行く事が何より大切なのではないでしょうか。  

富のシンジケート

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世の中には、成功者だけが集まる人脈があり、その輪の中に入ろうと思っても、鍵がかかっていて普通の人はその中には入れません。

しかも、その鍵は絶対に外からは開ける事ができません。

唯一開けられるのは中にいる人だけです。

そして、この人脈に入れてもらうことで、成功がさらに加速して行きます。

それらは、全世界の多くの億万長者らで構成され、経済的にも社会的にも成功した人たちの輪があり、その団体は世界各国の要人らと間に太いパイプを持ち、そこではすべてが信頼関係で成り立っています。

株や為替、証券、あらゆる金融商品や、住宅を買うときも、車を買うときも、すべてその輪の中の人からの紹介で買います。

このネットワークには、世間に出回る前の、超のつく耳より情報が常に入ってきて、その中で常時やり取りされています。

彼らは、時にはひとつの国のGNPに匹敵するくらいの 天文学的な数字の紙幣を動かせ、時には先進国などの経済操作ができるほどの力を持ち合わせているといいます。

各国の貨幣価値操作を操れるほどの財力を持ち合わせ、ユーロ安、サブプライムローン、古くは日本のバブルや日本における長引く不況も実は、彼らの仕業と言われるほどです。

この富のシンジケートの実態は、明確には誰も知らずに、世界には違うグループがいくつかあるという事です。

それらを「フリーメーソン」、 「ユダヤの大富豪たち」 「ロックフェラー一族」 と呼ぶ人がいますが、

詳しいことは誰もわかりません。。もっとも国を操作できる絶大な力を持つ団体は世界でも5本の指に収まる数のみだと思われますが・・・

こうした人脈に自分から食い込んでいくというのは至難の業です。

一般人は、よほど大成功しないとそのランクまではたどり着けないし、仮に万が一そのランクまでたどり着いても、その輪の中の人の強力な推薦がなければ扉は開かれることはないということです。

一般の人にとっては雲の上の様な存在・・・・であることに間違いありません。

ある成功者が口にする言葉ですが

人間はある領域までは自分の努力で何とかできる。

しかし、それ以上となると、上の人から引き上げてもらうことが必要である。・・・と

富のシンジケートといわなくとも、どこにでも成功者の会はあるものです。

事業家として実績を認められ、その様なワンランク上の人脈の中に自分を取り入れてもらう事は

誰もが誇らしく、自分もいつかは・・・と事業家なら皆そう思っている事でしょう。

その為にも成功者の目にとまる、成功者の手が差し伸べられる位置までの成功を・・・・

と思うハウス太郎でした。  まだまだ程遠い。

誰か手を・・・・だからまだ早い・・・・

PS、
富のシンジケートが私たち国民生活にいかに密接に関連しているか否、国民が彼らにいかに操られているかはまた次回にでもお話させて頂きます。

人脈

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人脈がないと、確実に仕事の幅は広がって行きません。

しかし人脈とは、一体何でしょうか?

人脈を広げようとして、あちらこちらの会合に参加して、名刺交換ばかり繰り返してしている人が多くいますが、それが本当に仕事に繋がっていけるのでしょうか?

おそらく自分の名刺の代金だけが無駄にかかり、自分の手元には、顔も一致しない多くの名刺だけ増え続けて行く行く一方ではないでしょうか。

もちろん相手だって自分と一緒ですね。現実には自分の顔なんてあまり覚えてもらえていません。

本当の人脈とは、自分が困った時に手を差し伸べてくれる人が何人いるかです。

と言う人もいますが、私はそうは思いません。それらは人脈を大きく超えた恩人です。

であるならば、人脈とは月に一度の模合で集まり、バカ話ができる気心知れた人達でしょうか?

いえいえ、それらは友人ですね。ごくごくたまにお客さんを紹介してくれるかもしれませんが・・・

月に一度ではなく、日頃から酒を飲みに行く仲間が多い。ゴルフやマージャンなど付き合う人が多い

それらはただの遊び仲間です。

(真の人脈とは)

・あらゆる情報交換を行い、
・それらを自分や周りの人達の利益に繋げられ、
・その人の為になる人を紹介し合い、
・常にお互い刺激しあい、
・その人達と付き合うだけで自分自身を高められる存在のことを言う            

と自分は思います。

では、その様な人脈をつくる為には、どのようにして行けばいいのでしょうか?

あちらこ自分から顔をだし、飲みや遊びの誘いも断らない。そうすれば

確かに遊び友達は増えますが、それだは ただの(都合のいい奴)(どうでもいい奴)で終わってしまいます。

そうではなくて、〇〇といえば、あの人と言われるような 頼りにされる人になることが何より大切なのではないでしょうか。

そして、その為にはこちらから、あちらこちらに手当たり次第に人脈を広げていくのではなく、

ある一定の価値観が合う人間に絞り込み仲間に取り入れてもらうか、自分の方から価値観が合う人を集めてみる。という作業が大切なのではないかと思います。

「賢者は刺激し合いながらお互いを高めていき、愚者は誘い合いながら堕ちていく」ものなのです。

ちなみに、会で嫌われる人は共通しています。それらは、どこにでもいますが、

自分を必要以上に大きく見せようとする大ボラ吹きの人間です。

もともとレベルの高い人達には、その様なホラは通用しないし、その様な行為は、そもそも無意味です。

・愚者の心は口にあり、賢者の口は心にある。

・賢者は自分が愚かだと思っており、愚者は自分を賢いと思っている。

・愚者は教えたがり、賢者は学びたがる。

ところで私たちの知らない世界に成功者だけが集う 「富のシンジケート」 というのがあります。

今回もまた長くなりますので、それらの解説はまた次回に・・・・

しかし、言いたい事が多すぎて毎回長文になってしまっているハウス太郎の当ブログです。

本当は、もっとスパッと簡潔なブログにしたいのですが・・・・長ったらしい文章で恐縮です。

それでも最後まで読んで下さる方には感謝、感謝です。

チャンス

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またまた昨日の続きネタですが、
次は、ふたりの女子事務員で比較してみましょう。

ふたりとも頭の良さや能力は同じくらい、容姿もキャリアもさほど変わりありません。
ふたりの夢は同じで、この会社のニューヨーク支局で働くことでした。

でも、ふたりには決定的に違うものがありました。それは性格です。

ひとり(A)は、とても社交的で人見知りをしないタイプ、もう一人(B)は内気でおとなしいタイプでした。

(A)は知らない人と話をするのが大好きで、社員食堂のランチの時でも、
物おじせずせずに空いた席を見つけると、どのグループの席でもお構いなく座り、
皆と会話をはずませました。
そのおかげで社内は(A)の知り合いばかり、廊下をすれ違うたびに皆、ハーイと笑顔で彼女とすれ違いました。そして彼女はいつもニューヨーク支局で働きたいという事をことあるごとに皆に話していました。

一方、(B)は(A)とは正反対で、ランチはいつも決まった人と一緒。
だから新鮮な情報は入って来ない、いつも退屈な会話ばかり繰り返していました。
当然の事ながら、社内で彼女を知る人はほとんどおらず、地味な生活を送っていました。
彼女はその方が居心地がよかったのです。
ただ彼女は地味な努力家で2年程前から英会話スクールに通い続けて英会話は、かなりのものでした。いつの日かのニューヨーク勤務を夢みて・・・
一方の(A)は片言の英会話しかできません。

この会社は従業員数百名の大企業の為、人事異動がしきりにあります。
違う部署の人達と頻繁にコミニケーションをとっていた(A)は、その社交性と人当たりの良い性格のおかげで評判もよく、しばし人事会議で彼女の名前が上がりました。
その後、彼女は社内での仲間を増やし続け、やがて2年後には念願のニューヨーク支局への転勤を果たしました。
それらは、まわりの同僚らが彼女を後押したのと同時に彼女の夢であるニューヨーク行きもサポートしたからに他なりません。

彼女の幸運はその後も続きます・・・ニューヨークでは取引先で生粋のニューヨーカーでエリートビジネスマンのアメリカ人と恋におち、国際結婚をして今では彼女はニューヨークの摩天楼の夜景に包まれながら眠りにつき、昼はセントラルパークの木陰で子供を遊ばせながら優雅に読書を楽しみます。

一方の(B)は特に異動もなく、同じ部署の中では年相応の役職にはつけたものの、得意の英会話を話す機会も全くなく、週末には苦手なお見合いパーティーにせっせと通い、そこでも目立たない端っこの席に座り、あまり気づいてもらえません。もちろん夢のニューヨーク支局の転勤は夢のまた夢です。

以上、極端な例かもしれませんが、人生とは、えてしてそういうもの、単純なものなのです。

ふたりの性格の違いが両極端の結果をもたらしたのは、もちろんのことですが、
もっと重要なことは、皆が(A)の事を知っていたということ。
彼女が日頃からと積極的に皆と接し、自分がニューヨークに行きたいという事を皆にアピールしていたから、現実にそうなったのです。

すなわち彼女の存在いや行動が全てを引き寄せていたのです。
それらは夢を持ちながら、自分を売り込まなかった否、性格上売り込めなかった(B)とは
雲泥の差がついてしまった原因だったのです。

少なくとも(A)は常に自分に幸運が訪れる位置に自分自身を置いていたのでチャンスが訪れた。
(B)は気づかれにくい場所に自分を置いていたので誰にも気づかれなかった。
ということなのです。

幸運の女神は、いつなん時、その人のもとに訪れるかは、誰にもわかりません。
だから常日頃から自分を幸運が訪れやすい場所に置いているのか否か、
すなわちいつでも心の準備をし、あちらこちらに種をまいておくことができるかが
いかに大切かということではないでしょうか・・・・・
そして自分の事を知っている人が多ければ多いほど、その人にチャンスが訪れる確率
は飛躍的にアップします。

なぜなら 幸運は、人の形をしてからしかやって来ないからです。言い換えれば、
幸運は他人がしか運んでこれないからです。(文献、運の法則より)

(A)に色々な人が幸運をもたらしたのは、彼女のキャリアをみても明らかですね。

人知れず英会話教室に通っていても、悲しいかな誰にも気づいてもらえなければ、その人に幸運は訪れないということですね・・・・・

(A)が意図的にそういう風に行動していたのか、持って生まれた彼女の徳(性格)の成せる業なのかは、さだかではありませんが、少なくとも

社交的な性格で、まわりに自分をアピールすることができる人の方が、多くの人の力を借りることができ、願いは叶えられやすいという事なのでしょう。

きっと、あの大スターだって始めの頃は、小さなオーデションを受け、必死に自分をアピールする夢見る原石だったに違いありませんから。

ちなみに、私ハウス太郎は、一歩下がった日本的な慎ましやかな女性がタイプなのですが・・・・・
関係ないですね。<(_ _)>

生の声

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お待たせしました?  昨日の続きです。

一人の力だけでは限りがあるとお伝えしましたが、まずは順を追って説明したいと思います。
ビジネスの例を例えて言いますと

ビジネスの世界では、生きた「生の声」を、いかに聞けるかが最も重要ではないでしょうか。

とかく近頃はネット、テレビ、本、あらゆる情報媒体が多すぎて何かと振り回されやすい世の中ですが

人が何かを学ぼうとする際、一番大切なのは、その道に精通する人の生の声(教え)をいかに聞く事ができるかが、最も重要で、それらは物事を成し遂げる上での最大の鍵であり、それこそが成功への最短の近道ではないでしょうか。

当たり前のように聞こえますが、それがなかなかできない・・・・

わかりやすく二人の営業マン(A)、(B)を例にとってみますと

(A)あるビジネスマンは、とてもまじめで一本気な性格で曲がった事が大嫌い、高倉健の様な不器用な男です。
ビジネスに関しても 「俺は人に頼らず自分一人の力だけで成功してみせる」 と朝から晩まで寝る間を惜しんで一生懸命にビジネスについて書かれた書物を片っ端から読みあさり自分なりの知識を相当の量、蓄積して行きました。

(B)あるもう一方のビジネスマンは、専門書には目もくれず、生きた生の声を聞こうと
彼のあらゆる人脈のツテを使い、その道のプロに話を聞きに行きました。
彼は茶目っ気があり、とても人懐っこい性格で人から好かれる好青年でありました。
そして何より学びたいという熱心な意欲が体全体からにじみ出ていました。
若者より、その道のプロだと認められ、堂々と教えて下さいと言われて悪い気になる人はそうそういません。
彼の人懐っこい性格も手伝って、皆は彼に心よくビジネスの手法を教えてくれました。
そして若者は教えてくれた先輩方にその後も礼をつくし、かわいがられました。
先輩方の中にはお客さんや得意先を紹介してくれる者までおり、
ビジネス上での心強い人脈まで手に入れる事ができました。

(A)一方まじめだけが取り柄の不器用な男は、知識は人一倍ありますが、人を全く知らずに仲間も、もちろんいません。ましてやその知識を生かす術を全く知りません。完全に頭でっかちの実践知らずの男になってしまいました。

(B)一方、生の声を聞くことに精力を傾けた行動的な若者は、ビジネスを始めながら徐々に実践で生きた経験を活かし生きた知識を蓄積していきました。そして何よりもその後も教えて頂いた先輩達にかわいがられ、食事に誘われたり、色々な人を紹介してもらえたり、飲んだ席で良い情報を頂いたり、困った時はアドバイスをもらえたり、順調にビジネスを成功させて行きました。

一方の(A)ビジネスマンが不幸なのは、まじめなのにそれらが活かされていないという事。
ビジネスにはもちろん専門知識は必要ですが、机上の空論で終わらない為にも、
それ以上に、生の声が聞ける人脈と行動力更に生きた実戦経験で育まれる知識が大切だという事が、二人のビジネスマンを見てよくわかります。


「万巻の書を読み万里の路を行く」と古人の教えがありますが、本を読むことの大切さもさることながら、それ以上に自分の目で見て実際に触れる大切さを説いた言葉ですね。

しかし人間は年を重ねると、なかなか人に教えを乞うなんてできないものです。

人に教えを乞う謙虚さもまたビジネスを成功させて行く為には必要なのですね~。

私もまだ若い?よし、頑張ろう!!若干46歳、とてもさわやかな好青年(B)の様には見えないが・・・

いや、しかしそれよりも何よりも
ところで、どこに行けばいいんだろう?(行く先も決まっていないハウス太郎でした・・・・)

可能性

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可能性の例えで、よく使われているのが象の杭(くい)とノミのコップのお話です。

まずは象の杭のお話から

インド象を調教する場合には、小象の時から、まず頑丈な杭に象を結びつけます。

小像は、必死に逃げようと暴れまわりますが、頑丈な杭はピクリとも動きません。

何日も何日も逃げようと試みますが、かなわずについにはあきらめてしまいます。

そうなれば、いかに簡易的なすぐに抜ける杭でも、もう像は一切逃げようとしません。

それらは象が大人になっても変わりません。小象の時から逃げきれないとメンタルブロック
された大人の象は簡単に抜ける簡易な杭におとなしく縛られ続けます。

かわってノミのお話ですが

ノミは自分の50倍の跳躍力がありますが、そのノミにコップをかぶせます。

すると何日間か、そのノミは飛んでコップにぶつかり続けます。

しかし何日後かには、そのノミはコップすれすれの低い跳躍を繰り返すようになります。

やがてはコップをどけても、そのノミは以前の跳躍を忘れ、コップすれすれの跳躍しかできなくなってしまっています。

以上、悲し象とノミはのお話ですが、1頭1匹は見事に潜在意識に擦り込まれたメンタルブロックにより自分の可能性を大いに削られてしまいました。

人に置き換えてみましょう。

私達は子供の頃から親や先生から 嫌というほどの規制教育を受けてきました。

そして社会に出てからは組織の使い捨て歯車大事な戦力として徹底的に大切に洗脳教育されました。

お陰様で平凡な人並みのつまらない大人に成長できましたが、それ以上の飛躍や発展は期待できません。

少しブラックジョーク過ぎましたが、人間だって、小象と同様、小さい頃からの擦り込みはそうそう消えません。

しかしそれら教育は、間違いなく人間が成長していく上での大切な過程でもあります。

であるならば発想をかえて

悪いのは、そう思い込み逃げるのをあきらめた象であり、勘違いしたノミの方だと考えてみてはどうでしょうか。

人や世間のせいにばかりしていては、自分自身の成長はありません。

実際、同じ環境、同じ境遇でも突き抜ける人は必ずいます。そういう人達はどうにかして、うまく自分のメンタルブロックを破れた人に違いありません。

(どうせ、だめだよ。) (可能性は低いよ。) (やるだけ無駄だよ。) の様な、まず先に立つメンタルブロックを打破することが大切です。

コップをかぶせ飛べなくなったノミがコップをかぶせる前よりも、もっと飛べるようになりました。
なぜでしょうか?

飛べなくなったノミを、もっと飛べるノミの集団の中に入れたからです。

人が突き抜ける為には答えは簡単、

突き抜けられる人と付き合う事です。

そうすれば自身も感化され、目標と決意というものがうまれ志も高くなり、日頃の習慣が変わり、そしてやれば自分にもできるんだという気持ちがも芽生え始め、徐々にメンタルブロックは破られ、やがては突き抜けられというもの。

ということで、自分に置き換えてみれば、最近自分のまわりにいる突き抜けた人を探しまくっているものの、なかなか巡り会えません。

いえいえ、まだまだ努力が足りません・・・頑張らねば・・・いつか自分も突き抜けたい・・・・・・

自分一人でできることには限りがあります。刺激を求めてどんどん人(できる人、できない人)と触れ合いましよう。その具体例は次回、題名「生の声」でお話させて頂きます。

もったいつけるハウス太郎でした。誰も見ていない・・・・残念・・・見てくれる人だけで充分感謝です。

生きやすい人

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生きやすい人とは、自らコントロールできない事にヤキモキせずに

その場その場でうまく流れに身を任せ、予測できない物事に柔軟に対応できる人のことをいいます。

けして、かたくなに自分の意思を無理やり通そうとする間違った信念の持ち主ではありません。

自分のコントロールできないものとは、例えば、
{毎日の天気(旅先での天候)、他人の考え、上司や親を選ぶこと、会社の人事、株や経済の動向、博打の結果、、ラッキー(運)、行きたかったコンサートチケットが取れない、店が満席で食事が取れない・・・etc} きりがないですが

最後の例 (店が満席で食事が取れない) で説明してみましよう

あるサービス心旺盛な若い男性がいました。彼は自信家でリーダーシップがあり面倒見がよくて皆から慕われるタイプ。
だが、少しわがままで頑固なのが、たまに傷の完璧主義者。自分の思い通りに行かなければスネルへんな癖がありました。

彼は、久しぶりに会う旧友数人に、自分が新しく住んでいる町を張り切って案内していました。

この案内は、遠方から来る友人に自分の自慢のおすすめスポット、穴場スポットを案内しょうと数日前から念入りに細かく計画をたてたものでした。

彼の案内は計画通りに運んでおり、友人ら皆もエンジョイして彼は得意げになっておりましたが、突然彼は予期せぬ事に出会います。

天気が急に崩れ車が渋滞に巻き込まれ、思いのほかお目当ての今大人気のイタリアンレストランに着くのが遅れてしまいました。

ちょうど混み合う夕食の時間帯に当たってしまい、2時間待ちということです。

友人数名は、2時間も待つくらいなら別の店でもいいよ。と言いましたが

彼は譲りません。いや大人気の店だから2時間まっても入る価値があると皆を説得し、小雨に濡れる行列に皆を半ば無理やりに並ばせました。

そして約2時間後、肩を寄せ合う端っこの小さなテーブルに案内され、ガチャガチャとせわしく片付ける皿の音を聞かされ、話も聞こえない様な混みあった雑音の中、格別おいしい訳でもない彼自慢のイタリア料理を皆ほとんど無言で、そそくさと食べ終わりました。

ちょうど店を出たのが夜の11時頃、皆は昼間の観光と待たされた疲れもあり、食事後のバーでの一杯も中止となり、明日も早いからという理由で解散という事になりました。
友人らは口にこそ出しませんでしたが、腹ペコの中、小雨に打たれて行列に並ばされ、たいしたこともない食事をした事を若干不満に思っていました。

彼は自分の見事な計画を無理やり通すことにより、かえって友人らに不快な思いをさせてしまうことになってしまいました。
彼の善意からの行動なだけに、あまり彼を責める訳にも行きません。ましてや休み返上で色々な所を案内してくれています。

でも思わぬ天候の崩れによる車の渋滞に巻き込まれ、食事が2時間待ちだと告げられた際、彼が友人の助言に従い店を変更していたらどうなったでしょうか?
この店は人気の料理店である為に、待ち時間を告げられ、そそくさと立ち去った数名の若者のグループが何組かいました。その中の一組を見てみましょう。

彼らは何事も無かった様に、何気なく近くのベトナム料理店に入り、斬新な異国の料理に舌鼓を打ち、ゆったりしたテーブルで思いっきり会話をはずませました。

1時間ほど有意義な食事をすませ、皆満腹で満足なまま笑顔で通りを流しました。すると心地いいジャズの音楽に誘われムードたっぷりなバーに入り、ここでも楽しいゆったりとした時間を過ごし皆たいへん満足して帰って行きました。

どちらがいいかは、誰の目にも明らかですね。

完璧ほど、つまらないものはありません。

「 かえって、、よかった。 」 「あの時、変更してよかった」 「あの時の、失敗があるから今がある」 ということは人生において多々あります。

人生一寸先は闇であり、予測もつかない事にウオサオしても何の意味もありません。

ましてや自分がコントロールできないものを必死にコントロールしようとするのはエネルギーの無駄な消費であり、正に愚の骨頂です。

自分がやるべきことをきちんとやって、後は流れに身を任せた方が、少なくとも生きやすい人生をおくれるのではないでしょうか。

若い時、あまり融通の利く方ではなかった自分が、年の功か最近そう思い始め、思いっきり楽になった様な気がする最近のハウス太郎でした。

暗闇の中の松明(タイマツ)

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前回、自分を客観視するお話を旅行の話に交えてしましたが

他に面白いなと思ったお話がありますのでご紹介します。

「 ある旅人が月のきれいな夜にもっと間近で月を見たいと小舟に乗り沖に出ました。

夜空に輝く月は明かりもない海では更にきれいに見えました。

しばらく旅人はボンヤリした月明かりに照らされウトウトしてしまいました。

ほんの15分か20分位ウトウトして気づくと、
あれだけきれいな月夜が雲に覆われ

まわりはどんよりとした暗闇に包まれていました。

更に悪いことに小舟は沖へと流され旅人は方向感覚を失い陸を見失ってしまいました。

旅人は焦り我を忘れ、タイマツに火をつけ、しきりに陸を探しましたが一向に陸の姿は見えません。

彼は更に焦りタイマツを振り続け必死に陸を探し続けました。

しかし彼のタイマツは自分のまわりを照らすだけで一向に陸地を照らすことはありませんでした。

夜中じゅう暗闇の海をさまよった小舟は潮の流れが変わり、運よく陸へと彼を運んでくれました。

思いのほかその小舟は、陸から見える湾内をさまよっているだけでした。

旅館に帰ることができ、ほっと胸をなでおろした旅人に

事情を聴いた旅館の主はこのように言って旅人をたしなめたそうです。

「沖に出て暗闇の中タイマツに火をつけても何の効果もありません。

 そういう時は逆に小舟を暗くして、じっとまわりの暗闇を見つめ耳を澄ますことです。

 そうすると自ずと陸地のかすかな光が目に入ってきて鳥の鳴き声が自然と陸地を教えてくれます。

 自分のまわりを必死に明るくしても、まわりは余計に見えなくなるものですよ。

 オタク様がやっていたことは全くの逆効果でしたよ。」・・・と

以上の様なお話ですが・・・・個人に置き換えてみますと 

なるほど、人は窮地に立たされた際、自分一人で自らのありったけの力を用いてその苦境を乗り越えよう

と必死に努力します。えてして、そのような場合には、とかく周りが見えなくなってしまっています。

そして自分ばかりが空回りし、ちっとも物事が前に進んで行かない、もしくは悪い方に進んでしまうのが大半です。

そういう時に大切なのは、ふと立ち止まり自分自身の気を沈め、周りをじっと見渡してみる、そして周りの声に耳を澄ましてみる。

そうすると周りが冷静に見え、周囲の人からの声に謙虚に耳を傾けることができるようになってきます。

やがては、おのずと自分のやるべきこと、進むべき道が見えてくる。というものではないでしょうか・・・

沖の暗闇の小舟の上で我を忘れ必死にタイマツを振り続けた旅人の悪い例を見ればよくわかりますね。

ちょっといい話でしたので載せてみました。

いざという時、そんなに人間は冷静にはなれないものですが・・・・

そういう場合に少なくとも、この話を思い出し、少し立ち止まってみるだけでも良いのでは・・・・・
と思うハウス太郎でした。

旅行とアンテナと地球儀

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あいかわらずGW旅行気分が抜け切れないハウス太郎ですが
だからと言って仕事に身が入っていない訳ではありません。
逆に、旅行に行く前よりも仕事に燃えております。
カンボジア人・べトナム人の貧しいながらも
エネルギッシュな人々に触れたせいも大いにありますが
少し大袈裟ですが、世界を見て自分の立ち位置がわかったというか、
今いる自分の位置や環境が分かり、今やるべきことが見えてきた様な気がします。

同じものを見るのでも、見る人の見方やとらえ方によって、その人に何も与えないのか、もしくは今後の人生に多大な影響を与えるかは、その人のとらえ方次第と言えます。

本田選手の超プラス思考(ブログ掲載)を見ても明らかですが、私はできるだけ後者の様な人間になれるよう、常にアンテナを伸ばし、旅行中も見るもの全てに興味深く観察力、洞察力を持って見る努力をしています。そんなに神経を使って旅行をしても楽しくないと思う人もいるかもしれませんが、それは人それぞれ私はそれが楽しくてしょうがない。っていうか日頃の自分の癖かもしれませんが・・・

先ほど旅行をすることにより自分の立ち位置が再認識できたといいましたが、
それは植木家の棟梁や造園屋の親方が自分や下の職人のセンテイした木々や庭を
遠目から見て全体のバランスを見直してみることによく似ています。
全体を見て戻り細かい手直しを行いまた全体像を見て細かい手直しを繰り返し全体のバランスを整えていく。

どういうことかと言うと、それらを個人に置き換えて言えば 「 視点を変えて自分自身を客観的に見る 」 という事、そして軌道修正して行き自分を律し、または本来の自分を取り戻すという事とよく似ています。

できる人は、その様な作業を日々繰り返しています。
人は本来、自分本位でとても弱いもの、自分を律しなければ、すぐに楽な方楽な方、楽しい方へと流されて行ってしまいます。
それらを一息ついて自分を客観的に見ることができれば、おのずと良い方向に軌道修正できるはずです。

ある人は、自分が窮地に立たされた場合に、自分を上空から眺めて見てみるといいます。
現実には自分を3メートル上空から眺めている様な空想をしてみるという事ですが
そうすると物事の成り行きが分かってきて自分がやるべき事が見えてくる、何より感情的にならずに冷静に物事に対処できるようになれます。
商談や交渉の時、人前でのスピーチの時、足裏マッサージの苦痛ですら自分を上空から第三者的に見るだけで、冷静さを取り戻し適切なる対応を取れるといういう事です。

違う例ですが、またある人は窮地に立った時、迷ってどうしていいかわからない時や何かに悩んだ時にはいつもデスクの横に置いている地球儀を眺めるそうです。

そして広い世界中の地図やこれまで行ってきた広い海外の思い出を記憶から引っ張り出し、それから今住んでいる自分の町や事務所までフォーカスして行く。すると今まで自分が悩んでいたことが、なんてちっぽけな事なんだろうと思えてきて、このくらいの事でくじけてたまるか、よし頑張ろうという気持ちになれるそうです。
この方もまた違う方法で自分を客観的に見れる目を持っています。

自分を客観的に見れる人、いわゆるできる人は、
今ある環境と境遇で、今ある自分の周りの人たちと協力し合い共に良い状況をつくりだせる人の事をいいます。
常にない物ねだりをして不平不満を言って、自分の事は棚に上げ、まわりのせいにばかりする人は、いつまでたっても、うだつが上がりません。

一流企業の一流の社長の多くが出世前にヘキ地に左遷同然で飛ばされ冷や飯を食わされていたという事はよくあります。
しかし彼らに共通している点はヘキ地に飛ばされと腐らずに、今いる場所で、そこの仲間と協力し合い、共にできる限りの努力を尽くし、業績を上げ、それらを認められ本社からお呼びがかかり、やがて社長まで上り詰めたという事。
ヘキ地でも腐らずに今ある所で精一杯頑張れる謙虚さと彼らが持ち合わせていた人間的な底力が、常に厳しい経済状況の中で利益を上げ続けなければならない会社の行く末を任せられる人間の器として認められたいう事なのではないでしょうか。

一流企業の大社長の例えでは現実的でないので合同コンパに例えて言いますと
できる人とは、たとえ好みの人がその中に居なくても、いや全員はずれのコンパだったとしても、その中でそれなりに場を盛り上げ楽しんで帰れる人、今日のコンパは楽しかったと自分でも周りにもそう思わせる事ができる人が、真のできる人です。
確かに好みの異性がいないからといって自分一人下を向き携帯ばかり、いじっていては周りにも迷惑ですし場がしらけてしまいますよね。なによりそういう人は今後コンパにも誘われないし相手の異性達からは大ひんしゅくをく食らうでしょう。場を盛り上げ皆を楽しませて上げられる人の方が株も上がり次に繋がり仲間も増えチャンスも膨らんでいくというものです。

要するに 
「 ないものねだりをせずに今ある場所でがんばって行きましょう。少なくとも今ある自分は過去の自分が選んだ道の途中ですから・・・・隣の芝生は思ったより青くないですよ!そんなにうらやましがらないで・・・・たいしたことないから・・・    けっこう周りの人たちもゴタゴタ苦労してますよ・・・

ってな具合で一つの旅行の話から話を色々飛躍させ過ぎてしまいましたが、
何も残せないよりかはまぁいいかなぁとそう思っているハウス太郎です。
これからもアンテナを張り続けるぞ・・・・
あと、ちなみに私は地球儀ではなくグーグル地図をよく眺めています。

私の中の傑作映画。

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GW旅行カンボジア、ベトナムの影響でしょうが
まだまだ旅行気分の抜けないハウス太郎が、異様に以下の二つの映画が見たくなり
TUTAYAに走りました。
私のベスト映画ランキング1位と2位です。何度も見返しているお馴染みの作品ですが、

まずは第1位ディアハンター
ベトナム戦争の悲惨さと何もわからぬまま戦地に駆り出された若いアメリカ兵の苦悩・・・戦地での耐えがたい経験・・・運よく帰還できたものの深く心に負った傷とともに生きていかねばならぬ現実の辛さ・・・をデニーロ他が情緒たっぷりに見事に演じきっている、素晴らしい作品です。
アメリカから見たベトナム戦争ですが、ヒーローや敵味方の区別はさほどなく、人間の深層心理と人種を問わず戦争の醜さを捉えた生々しい内容です。
<center>



これも大好きな映画プラトーン、私の第2位の作品です。
20年前の作品なのに強烈な印象を残しています。こちらもベトナム戦争をアメリカ側から見た作品ですが、思いのほかベトナム軍のしぶとさに15年という泥沼の戦争に引き込まれて行った大国アメリカとアメリカ軍の苦戦の中、プラトーン(小さな部隊の名称)の中で大学を中退し自ら希望して戦地に赴いたチャーリーシーン(オリバーストーン監督の実体験)演じる若者のお坊ちゃまが数々の戦地を潜り抜け、たくましくなる反面、善悪の区別がなくなり暴走していくシーン、自分を取り戻すシーンが細かくまたダイナミックに描かれています。



何事にも影響されやすいハウス太郎ですが、同時にベトナムから見たベトナム戦争などを探してみたいと思います。また昨日、偶然BS1で放送されていたオリバーストーン監修でアメリカの真実、ベトナム戦争の実態を録画したので、これから見るのが楽しみです。

これらの映画やドキュメンタリーを見ても、やはり戦争にいい悪いは決してないと思います。

沖縄平和記念公園の戦争展示館の最後の壁に書かれていた文面

「私たちがこの悲惨な沖縄戦で唯一学んことは、戦争を二度と後生で起こしてはならないという事を深く胸に刻まなければいけない。それはあまりにも多くの代償を払いこの戦争で学んだ唯一のことです。」という文章を思い起こします。(うろ覚えですが・・)

沖縄もベトナム同様、住民を巻き込んだ悲惨な沖縄戦が67年前にありました。くしくもアメリカという超大国相手の戦争です。ご存知のように日本は負けましたがベトナムは民族総動員をかけ戦争に勝ちました。そういう似たような境遇からでしょうか、なぜかベトナム人を見ていると他人とは思えません。

それはさて置き、上の2作品、見ている方も多いと思いますが、今一度見返すのもいいものですよ。
(TUTAYA旧作1週間100円ですから・・・・・)

ハロン湾(ベトナム)

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カンボジア、アンコールワットとベトナム5日間のGWの旅の最終日。
片道4時間往復8時間、まる1日かけて、龍が舞い降りたといわれる世界遺産ハロン湾に行ってきました。海の桂林とも呼ばれる海に浮かぶ数千もの奇妙な岩山は神秘的で、本当に天空の霧を切り裂いて龍が舞い降りてきそうなそんな神秘的で神々しい湾でした。


船を下りて湾の上の鍾乳洞に入ると、
なんと本当に龍の巨大な岩山(高さ約10m幅15m位)がありました。(天然物)
左側が顔で左目が光っております。左~右に首~体(わかるかな?)となっております。
ハロン湾に舞い降りた龍が近くの鍾乳洞にて今なお息をひそめているのでしょうか・・・
神秘的ですね・・・神話を実際に目にすることができました・・・・
(神話ではなく真実かも・・)


というわけで 「アンコール遺跡群と絶景ハロン湾5日間」 GWの旅報告でした。
旅行中は天候にも恵まれ、たいへん楽しい旅でした。
今回の旅で世界を見て見分を広められたのと同時に、人との触れ合いの素晴らしさを実感しました。
現地人のパワーと人間味の深さ、途上国で貧しいながらも表情豊かで非常にエネルギッシュ。
彼らが人に親切なのは他国から侵略され続け、抑圧され続けた民族の歴史から来ているのかもしれません。
「 人は痛みを知っているからこそ人にもやさしくできるもの 」です。
どことなく沖縄にも似ているカンボジア人とベトナム人たち・・・
国は違えど人間は変わらない。
大袈裟ですがやはり「 ラブ&ピース 」世界は一つだと感じさせられました。
最後の日に涙ながらに別れを惜しんだカンボジア現地人ガイドのサボットさんのお人柄がなお一層、自分にそう感じさせました。
これからは少し人にやさしくなれそうな。そんな気にさせられた今回のハウス太郎の旅でした。
(でも、すぐ忘れて従業員にガミガミ怒ってしまうんだよな~。反省・・人間はなかなか変われません)

 

アンコールワット(2)

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昨日のGWr旅行アンコールワットの続きです。印象に残ったレリーフ等をアップしました。
1千年前の建造物とは驚きです。芸術度は現在に引けを取りません。
人間(の業)って素晴らしい。そう思わせる作品ばかりでした。
このような細かい彫刻がアンコールワット中に細かく施されています。(驚!)
ちなみにアンコールとは都市、ワットは寺院とのことです。

ヒンズー教の女神のダンス、1千年前の壁画をもとに現在、民族ダンスが再現されています。

バンテアイ・スレイの飾り門
神が降り立つプレループの丘に立つ私            アンコールトムのバイヨンの微笑












ゴールデンウィーク旅行(アンコールワット)

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某ツーリストによる 「 カンボジア、アンコール遺跡とベトナム旅行 」
 の私達の旅行一団

ゴールデンウィークにカンボジアのアンコールワットに行ってきました。
19世紀に発見されるまでカンボジアのジャングルに眠り続けた寺院は、建物全体が細かい見事な彫刻に埋め付くされ
ヒンズー教の宗教観である天や地、天国と地獄、善と悪、神と悪魔、女神や戦争等など・・・の見事なレリーフに圧倒されました。
1万人の人々が約30年かかって造り上げたこの寺院は、世界遺産の中でも最も美しい建造物でしょう。
約1000年も前に造られたこの偉大な遺産に、人類の偉大さと壮麗さを感じさせられます。
↓ 槍で人をつく昔の戦争のレリーフ、この様な細かい彫刻が建物一帯に広がります。




ちなみに上は同寺院の柱に記された150年程前の日本人(江戸時代)の落書きです。
赤字で「〇亮」の様に見えます。恐らく名前?でしょうか?
赤字の上は文章らしきものが炭みたいなもので黒く塗りつぶされてます。
カンボジアの現地ガイドの日本語でのユニークな説明に旅行者一同より笑いが漏れました。
こういう小情報も旅行の楽しみの一つです。

天気にも恵まれ、とても良い旅行ができました。日頃の幸せ言葉のおかげかな・・・・
しかし、遺産群もさることながら、カンボジア人とベトナム人のエネルギッシュさに感動しました。
あれだけ内戦や多民族国家の支配に翻弄されながらもたくましく生きる現地人の陽気さとパワーには圧倒されました。(ある面、沖縄に似ています。)
地球は一つ、人類は皆兄弟・・・・そういう使い古された言葉が身に沁みます・・・・
生きる上で「千の書物を読み、万里を歩く」重要性を再認識させられた今回の旅行でした。

その他、街並みや風景、人々の営みなど・・・・見ていて斬新過ぎました。
例えば、多すぎるバイクによるバイク渋滞や原付バイクにノーヘル4人乗り、バイクに4輪車を付けただけの簡易なバイクタクシー(大丈夫?)、路上屋台や究極のオープンカフェなどなど 見どころ盛りだくさんでした。機会あればまたアップします。

 

超プラス思考とは?

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昨日の本田選手の超プラス思考と心の強さについての続きです

よく例えられるのが、コップに半分の水が入っていた場合に、あなたは

「 もう半分しかない 」 と考えるか 「 まだ半分もある 」 と考えられるか?です。

同じ状況でもプラスに考えられるかマイナスに考えられるかで発想の展開が変わってきます。

本田選手は、どう考えるか・・・容易く想像できます。

年齢についても一緒ですね。

「 もう若くない 」 と考えるか 「 まだまだ若い、いろんな事にチャレンジできる 」 と考えられるか・・・

世の成功者に共通することは、好奇心旺盛でとても行動的、いつもワクワクする事を探し回っており、

自分の取り巻きがいなく単独行動が好きで、いつも一人であちらこちら楽しいワクワクする事、儲かる事を探しまわっているらしいです。

取り巻きがいないというのは意外ですね。そう思いませんか?おそらく子分を従えない見栄を張らない強がらないということでしよう。

成功者は肌ツヤがよく、年寄り若く見え、いつも活き活きしており、決断が早く頼まれごとは気持ちよく任せておけと力になり、見返りを求めず、気前がよく何よりユニークで心が広いそうです。

そういう方は魅力的でまわりの人間に好かれ、いろいろな人がその人に寄って来るのがわかりますよね。取り巻きはいないが仲間やその人のファンが多いという事ですね。

人が集まれば運気も上がります。なぜなら運は人がしか連れてこないから・・・・

話が横道にそれましたが、

イギリスの政治家、ノーベル文学賞受賞のチャーチルの有名な言葉があります。

「 悲観主義者は、あらゆる機会の中に問題を見出し、楽観主義者はあらゆる問題の中に機会を見出す。 」

本田選手が 「けがしてよかった。」と心底思えるのは彼がその発想と思考を持ち合わせているからに他なりません。

ビジネスについてもいえる事

アフリカに靴を売りに行ったセールスマンが、裸足で生活する現地人を見て

「 だめだ、ここには靴の需要なんてない、お手上げだ 」 と言ってそそくさと帰るか・・・

「 やった、ここには裸足の人間がたくさんいる。こんなに多くの需要があるぞ 」
 ととらえるのか?

ちょっとした発想の違いでビジネスは想像以上に大きく左右されます。

今ではアフリカのマサイ族は靴どころか携帯電話を持ってサバンナを遊牧しています。

どちらの発想にビジネスチャンスがあり莫大な利益をもたらしたかは、こちらも容易く想像できます。

あの世界の松下幸之助が面接試験の時、必ず聞く言葉

「あなたは自分で運がいいと思いますか?」

という言葉だったそうです。そして運が悪いと言った人間はいくら高学歴、高キャリア、好青年でも即座に落としたそうです。

「自分で運が悪いという人には、いい仕事はできない。逆に自分を信じられる人は逆境に強く必ずいい仕事ができる」

と言ったそうです。頭の良さやキャリアよりも、何よりプラス思考の大切さが重要だという事です。

頭のよさよりも才能よりもプラス思考が道を開き己を成功へと導いていくのですね。

という事でプラス思考の大切さを再認識したハウス太郎でした。

でも本田選手のあの超がつくプラス思考は、どこからきているのかなぁ~?
これまで生きてきた経験から?それとも持って生まれた性格?

いずれにしても最近の私は、何が何でも 「自分は運がいい」 そう自分に暗示のごとく、寝る前、朝起きた時、仕事の合間、しつこいくらいにいつでも自分に無理やりにでも、そう言い聞かせる最近のハウス太郎でした。ちょっと変な人?・・・

世界一あきらめの悪い男

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みなさんご存知のこの男、「本田 圭佑」のドキュメント番組を見ました。

世界一あきらめの悪い男と称し

一番大切な25,6歳という時期に、けがをし1年近く戦線を離脱しても

「 けがをチャンス 」  「 けがしてよかった。」

と本心から言える 「 超プラス思考 」 の生きざまを見てると

自分の弱さやちっぽけさが身に沁みます。

彼は自らを凡人と言いながら反面、

誰よりも自分を過大評価し、夢に向かって一途に突き進んでいる姿は

一見矛盾を感じますが、自分の弱さや現実、夢や目標とを

うまく 「 マインドコントロールできる巧みさ  」 に彼自身の本当の強さを感じます。

小学校の頃から足が遅く、目立ったサッカー選手ではなかった本田が

自らサッカーレベルの低さを知りながら人一倍努力し

夢だけはデカく、「 サッカーで世界一になる 」とまわりに豪語し苦笑され続け
 

やがて夢を現実のものとし、今なお逆境をバネにして、更なる高みを目指す姿に敬服させられます。

彼を見ると元マラソン選手のQちゃんこと高橋尚子さんや長嶋茂雄さんとの共通項を感じます。

彼らには、自分のスポーツの才能以上に

「 自らを信じる強い力 」 があるからこその天才だとその様に感じます。

彼らは「 自分を信じる力が非凡だから 」こその一流だと感じさせられるのです。

そういう稀な心の強さも一種の才能なのでしょう・・・

とかく私たち凡人は周りや環境のせいにし、決断を長引かせ、または逃げの口実にしてしまいがちです。

そして、ああすればよかった、こうすればよかった等と過去ばかり振り返り後悔ばかりしています。

しかし天才は過去に縛られず、ひたすら己を信じ前に進みます。

それが天才、一流たる所以なのでしようが・・・

日頃より影響を受けやすいハウス太郎としては

そういう天才たちに刺激を受けて学び、自らの人生またはビジネスのモデルにできるよう頑張って行こう、

そう思ってはいるのですが、いつもつまらない過去の記憶に縛られ、うまく自分のマインドをコントロールできない自分がここにいます。

それらも凡人たる所以なのでしょう。所詮わたしは凡人だからしょうがない。そう開き直るハウス太郎でした。これもひとつのプラス思考かな?(笑)

グランドオリオン

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昔なつかしのグランドオリオン。今は閉鎖中です。

昔はここと国映館の二つくらいしか映画館がなく、子供の娯楽は映画を見に行く事くらいでした。
(当時の昭和50年代はスターウォーズ、スーパーマン、死亡遊戯、ET,マットマックス、グリース等など)

今はあちらこちらに映画館もできて、同時にデパートや繁華街も分散して便利になっておりますが

自分ら昭和生まれの人間からしては、那覇の一極集中の時代のときの那覇のにぎわいは
たいへん物珍しくて楽しくあこがれでもありました。

欲しい物はすべて那覇にしかなく、学校が休みの日曜日ともなれば友達4,5人で朝早くからバスを乗り継ぎ弁当まで持参する者までおり、ちょっとした遠足気分でした。

色々な物や人が那覇に集まりいつも活気にあふれ、皆が生き生きしていた古き良き時代・・・・

今では物が溢れ地方が活性化し便利になる反面、人や物が分散していき、色々なもの(活気、人・・・)が失われた様な気がします。時代の流れと言えばそこまでですが・・・異様にさびしくて、わびしい・・・

そういう時代をなつかしみ日曜日の午後にウォーキングついでに那覇の路地裏を散策するのも
楽しいですよ。

↓ はグランドオリオン後ろの竜宮通りで、今でも昭和のレトロな飲み屋が並びます。


カツアゲ(恐喝)対策で靴底にお金を隠していたのも、なつかし~。

人を動かす。

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人を動かす。この題名、一見、人を思い通りに操作する何かズルいテクニックの本の様ですが、

実は人間の深層心理に基づいたたいへん勉強になる本です。

長らく自己啓発本のベストセラー本として広く読まれている本ですので読まれた方も多いと思いますが・・・

例えば、長期に営業をかけても暖簾に腕押しのごとく、一向に成約に結びつかない顧客に対し

あるセールスマンが、これまで自社製品ばかりアピールしていた自分本位の営業手法を改め

まず相手(決定権者)の身辺を事細かく探り、相手の弱みや関心ごとのありかを見抜き、

そして、いざ実践、これまでの一方的な自分本位のセールスアピールをやめ、

相手の関心ごとの話を一言持ちかけたところ、相手が待ってましたとばかり食付き長々と話はじめ

そこから相手との距離が一気に近づき成約に至ったという事例。

なるほど、わかっている様で見落としている盲点だと改めて勉強させられました。

思えば、トップセールスマンほど商品を売り込みません。

商品そっちのけで信頼関係から構築していきます。

だから顧客との面談においては常に相手の関心ごとに話を持ちかけ、ひたすら聞き手にまわります。

けして商品の話はしません。まるで何しに来たのか・・・遊びに来たのか・・・と思うくらいに

しかし、いざ決定権者がどの業者にしようか迷った際に決定するのは、

いつも話を聞いてくれる商品を売り込まない人の好いこのセールスマンなのです。

反面、来るたびに商品ばかり売り込み信頼関係そっちのけで人間味のない事務的なセールスマンは、いつも決定権者のリストの下位にランクづけされています。

これらは、あくまでも商品の値段や取引条件にさほど大差のない場合を基本にしますが、決定権者も人間、自分のかゆい所に手が届くセールスマンが、かわいくて好きなのです。

商品の売り込みはおくびにも出さずに、相手の関心ごとを見抜き、それを話題にして相手の心を開かせ、自分との距離感を縮め信頼関係を築き、やがて知らず知らずのうちに、こちら側に有利に働かせ取引を成約させる様は正に人を動かす。究極のテクニックと言えるでしょう。

そんなの最初からわかっている、営業の基本だという方、たまには自身の営業スタイルを顧み基本に戻るのもいいと思います。

100年前に書かれたこの本が今でも世界中の書店で掲げられ世界中の人々に読まれている訳が一読するとわかります。

偉大なD、カーネギー氏の人を動かすとは、人間の深層心理に訴えかけて、相手自らが動くことをいい、それが双方の利益につながり、ひいては世の中の利益につながることだという事がわかります。

100年経とうが人間の本質は変わらない、自己啓発につながる素晴らしい本です。

斉藤一人先生(ご存知、銀座まる漢創業者、日本一の実業家)がこれ以上の本とは出会ったことがないと言うだけのことはありました。待望の第2部も去年のくれにでました。

ちなみにハウス太郎は本屋のセールスマンではなく、不動産屋のセールスマンです。

けして本の売り込みではありませんので、あしからず・・・・売り込んだら嫌われるし・・・・・

早寝早起き

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会社近くを早朝ウォーキング、朝焼けの中城湾

「 早起きしない人で成功する人はいない。 」 という事らしいです。

早寝早起きは成功者の基本という事。

思えば朝は、新しい発見が多くあり朝日は人の体を健康にしてくれます。

朝日を浴びると気持ちがリセットされ、晴れやかでポジティブな気持ちになれ、病気にもなりにくい体になります。

また朝の木々からは人を健康にするエネルギーが発せられます。

太古の昔から人間は朝日と共に目覚め朝日を浴びた16時間後に眠くなります。

もともと人間は夜行性ではありませんから、夜型の人はそれだけで人間の生き方に反しているという事かもしれません。夜シゴトの人は生きる為にしょうがないですが・・・

そして夜は何かと誘惑の多いもの。夜ほど楽しいものはありません。お酒、きれいな女性、
ゴージャスな店に料理・・・

反面、欲望は人間を滅ぼすものでもあります。

「 快楽は来るものではなく、快楽は常に去っていくもの 」です。

ですからつかめない快楽ばかり追いかけてもきりがありませんし、幸せにはなれません。

説法じみて申し訳ないですが、
自分自身の人生ですから、いつも建設的にもっと充実感の持てる様に、そして後あとに残れるものをと思います。

その為には習慣が一番です。

世界のイチロー選手が、大リーグで最多安打を達成した時に放った言葉は

「一本一本の安打の積み重ねの結果であり、人間は小さいことの積み重ねでしか偉大なことはできない。」という言葉でした。

初代貴乃花(若貴兄弟の父)は大関昇進直後、昇進パーティーで飲み過ぎて翌日の朝稽古を寝過ごして休んでしまいました。
その際、師匠で実の兄である初代若乃花に叩き起こされ、立てなくなるまで、こっぴどく竹刀でシメラレタそうです。
相撲界の厳しさと大関の維持の厳しさ、昇進の気の緩みを、手荒ですが示したかったのでしょう。

また、歴史上の人物あのアメリカ最大のマフィアの大ボス、アルカポネは、前の日にどんなに深酒しても翌日はいつものように朝早くから仕事に励んでいたという事です。

ある正午前に、カポネの側近の実力者のマフィアが自宅の屋外のポストに新聞を取りに行った時に抗争相手の別のマフィアに拳銃で打ち殺されました。彼はパジャマ姿で玄関前に倒れ息絶えました。その状況を聞いたカポネは

「彼は死んで当然だ。平日のあんな時間にパジャマ姿で家に居るなんて、マフィア失格だ。」と言い放ったそうです。

人をおとしめるマフィアでさえ、自らを厳しく律しないといけない、油断は大敵、いかに習慣が大切か、を物語る意外な一面といえます。

人の上に立つ人間は、業種を問わず習慣の大切さを理解しているということなのですね。

「 早起きしない人で成功する人はいない。 」 言い換えれば 「 成功者は皆早起きである。 」 ということ。

確かに、毎日夜遅くまで飲み歩き、昼過ぎまで寝て、二日酔いの成功者なんて見たことがないですよね。

という事を学び、私に関しましては、それらを見習い、平日(月~土)は毎日夜10時までには床に就き、朝5時前には起きて会社周りをウォーキングして朝日を体中に浴びるのを習慣にしています。

友達には 「 付き合いが悪い 」 「 早寝早起き?年寄りか? 」・・・と言われても関係ない・・・我が道をいく・・・

ちなみに、夜10時以降の電話、メールに対する返信は翌日の朝5時(早すぎる)以降となりますので・・・あしからず・・・

すみません・・・本当は、毎週週末の土曜日には繁華街に繰り出し、浴びるように酒を飲み、貴重な日曜日には昼過ぎまで寝て、家族から大ひんしゅくを買っています。・・・・すみません。<(_ _)> ・・・たまの週末だけ許して下さい・・・・・息抜きも必要ですので・・・・・言い訳ばかりのハウス太郎でした。

進化論2(たまたま)

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前に進化論で記述した商売と自然の進化の同一性について

簡単に言えば、現存する一流企業は、「 たまたまできた。 」だけという事らしいのです。

それは生物が進化したと同様にたまたまそうなったということです。

知り得て妙、まか不可思議というか感じですが、

魚が陸にあがった際に魚はたまたま陸にあがったと同じ事、

一流企業が最初企業した際には、特に長期ビジョンや絶対的アイディアなんて皆無だったという事。

言われてみれば、世界的なフェイスブックはもともと大学の友達紹介サークルから広がったようなものだし・・・

グーグルだって大学生の友達同志が遊び半分で図書館の検索システムをもじって開発したエンジンシステムらしいし・・・

あのコカコーラだってたまたま薬剤師が趣味でシロップをソーダで割って飲んでいただけのことらしい・・・

リーバイスだって船の帆の強い布を応用して蛇対策にたまたまつくったズボンだったらしい・・・

要するに世界有数の一流企業の発端は、全てたまたま、ごく小さな一人の人間のふとした思いつきからだった・・・・というらしいのです。

これまでの自分の勝手な思い込みからすると
きっと一流企業たるもの、志の高い非凡な企業家が壮大なる理念と揺るぎない信念のもとに創業されたに違いない。という訳では、どうやらないらしいのです。

自然界の生き物同様に、海にエサがなければ陸へと、ごくごく自然に、時代のニーズに合わせ

けして頑固に一つの事をやり通すのではなく、むしろ柔軟に会社を継続させることに集中し、変化していったという事なのでしょうか。

なるほど、生き物は自然界、企業は世の中の動きとは切っても切り離せないものですし、

動きが目まぐるしい現代社会のなかでは、例え緻密な計画をたてても、たてた側の思い通りになる保障なんてどこにもない訳で

逆にたてた側の思惑にはまる確率の方が低いと言えるかもしれません。

ですから一流企業は必ずテストプランA、テストプランB、C、Dといろいろなテストを重ね事業を進化させて行きます。

まるで自然界の生き物がエサを求め、海から陸にあがり、陸を放浪し、草むらで待ち伏せし、蜘蛛の巣の罠を仕掛け、または集団で狩りをし、いろいろな狩りを試し、合理的に進化していったように・・・

孫子の兵法で巧遅拙速(こうちせっそく)という四字熟語があります。

上手で遅いよりも下手でも早い方がよいという意味ですが、

どうせ商売なんて思う様に計画的には行かないのだから 上手に緻密に完璧に計画をたてるよりも

荒削りでもいい、とにかく手がけてみて感触を見てみる、

机上の空論ではなく、実験、修正を繰り返す、いわゆる生物の「 進化論をベースに考える 」ことが重要である ・・・・ということです。

自分に置き換えると、とかく考え込み、無用な心配事を増やしてしまうハウス太郎にとっては、またもや大いに反省すべき点です・・・・・・・

考え込むよりも、とにかく動こう・・・・そう再認識しました。

ちなみにブログを書きながら、昔ネクターをソーダを割っていたおばあちゃんのことを思い出しました。
(沖縄の40歳以上、わかる人にはわかる昔沖縄です。)

自分の名字。

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 那覇新都心(建設中のリュークスタワー)と慶良間の夕焼け・・・

名字はその人が、もともと住んでいた場所にちなんでつけられたものが多いと言われます。

日本の名字は主に4つに分けられます。

主に  {  山、  水、  地、  空、  }です。

 「 山系 」  山田、山下、山本、山内、津嘉山、
主に山の中で生きる人々。、山の過酷な自然の中で生きる為、寡黙で物静かな人が多い。
異性に関しては奥手で、我が道を行くタイプ。

 
「 水系 」 登川、砂川、原河、嘉手川、波平、喜久川、具志川、小橋川、
主に、海や川の自然のそばで生きる人々。暮らしは穏やかで平穏。貝を拾ったり、漁をし魚をさばく等、男女が協力しながら生活している。異性の役割分担ができており、男女の仲が良い。

「 地 系 」 下地、野原、幸地、渡久地、平良、   主に農作を行う。農家、粘り強い、耕作型、地味、

「 空系 」  上運天、運天、天顔、上江洲、上里、上間、  自由、自営業、性格はお天気や、派手、

等など、おおよそですがその4つの名字に分かれるしらしいです。

例えば、山系の人は(技術系・職人タイプ)  水系は(飲食系、生活関連業、接客業)   
地系は(農家、製造業、園芸、造園)  空系は(旅行業、芸能伝統業、広告業、等)など

それぞれ、自身の職業の適正の基準になるかもしれません。
もちろん、おおよその統計ですので例外はあります事をお断りしときます。

話に戻り、名字に従いお話させていただきますと、
ご先祖様から受け継いだDNAに逆らい生きるよりも、ある意味、間違った夢?をあきらめ適性に従い生きていく方が幸せになれる第1歩かもしれません。

別の言い方をすればDNAに従い自分の適正に合った道で生きていった方が成功する確率もグンと高くなるとも言えるでしょう。

高地の花は平地では咲けませんし、平地に咲く花は同じように高地では、すぐに枯れてしまいます。

仮に今が苦しいなら、やり方や方向性が間違っているという事・・・・本来、自身の進むべき道に進んでいると、心は晴れやかでワクワク楽しいものです。

要するに 「人は自分の納まるべきところに納まるのが自然で一番」 という事なのですね。

高望みはいけません。無理は毒です。肩の力を抜いて等身大の自分で、自然の流れに任せて生きていきましょう。
あるがままの自分を受け入れて生きていきましょう・・・・・・・・

とは言うものの、自分の仕事は転職かな・・・・・・思い悩むハウス太郎でした。
仕事が楽しいので、まぁいいか・・・・)^o^(

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聞く力。大ベストセラー

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ご存知、年間ベストセラー第1位、120万部超えの驚異の本です。

たけしのテレビタックル(月)司会の阿川 佐知子さんの本です。

読みやすくて、わかりやすく、面白い本でした。 

あるインタビューで

「 もう長くないから 」と弱気になったお年寄りのおじいちゃんに

「そんなこと言ったらダメですよ 」とおじいちゃんの膝をさする様に
阿川さんの人柄を感じました。

聞き手(インタビューアー)に大切なことは、いかに話し手に気持ちよく話させるか、
そのテクニックを惜しげもなく書かれた貴重な本です。

話の持って行き方、話の切り替え方、聞きずらい事の聞き出し方、
視線のやりかた・・・などなど

興味深かったのが、準備の大切さではなく準備不足の大切さです。
聞き手が話し手の事をあれやこれやわかり過ぎてはいけないということ。

なるほど、聞き手がわかっている事を話し手から聞いても感動が薄く、
それらが相手である話し手やカメラを通じて視聴者に伝わってしまってはいけない
という事だそうです。

営業を生業にしているハウス太郎にしては、新鮮な情報ばかりで為になりました。

普段、しゃべり過ぎて時折、煙たがられる自分としては、
反省材料を引き出すのに十分な本でした。

人は誰しも 「聞く」 よりも 「話したい」 ものですからね・・・・

当たり前の事ですが、改めてそう思いました。

人は人に話すことだけで、どれだけスッキリし、どれくらい立ち直れるか。

自分の為だけに話ばかりするのではなく、
人の為に人の話を聞いてあげることがいかに大切か・・・・

それがいかに世の中の潤滑油になっているかを知りました。

仕事でもプライベートでも、これから 「良い聞き手」 になれるよう精進します・・・・

いつも反省しきりのハウス太郎です。反省なければ進歩なし。言い訳がましい・・・・

マニュアル(2)

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マニュアルいいお話第2弾をさせて頂きます。
ご存知沖縄へも進出した
世界の超一流ホテルのリッツ・カールトンお話です。

アメリカフロリダのリッツ・カールトンで、
ビーチスタッフの一人が
浜辺のビーチチェアを片付けていると、
一人の男性が 
「恋人にプロポーズをするから、チェアを1つ残しておいてくれないか?」 と頼みました。

スタッフは「申し訳ありません、時間ですので、」と答えず 「もちろん、いいですよ」 
と笑顔で答えました。
「 リッツ・カールトンでは、顧客に対してNOとは言いません。 」

それどころか、そのビーチスタッフは、自らプロポーズの演出者としてビーチ着から
タキシードに着替え、テーブルに花とシャンパンを用意しました。

そしてプロポーズのときに男性の膝が汚れないように、砂浜にタオルを敷いて、
プロポーズを手助けしました。
プロポーズが成功すると、木陰に隠れていた数名のリッツ・カールトンのスタッフらが
クラッカーと拍手を鳴らし満面の笑みで二人の前途を祝福しました。
そして数日後、
二人のもとに送られた封筒の中にはプロポーズ風景が収められたDVDが入ってました。
それらすべてがリッツ・カールトンの無償のサービスであり、粋な計らいといえます。

そのカップルが、どれほど感動したかは容易に想像できます。

ビーチスタッフらが自発的に行った行為であるとは思いますが、こういうマニュアルに縛られない社風こそが、リッツ・カールトンの一流たる所以なのでしょうか・・・・

マニュアルとは、サービスを提供するスタッフ自身が考える「最高のもてなし」を行うことが重要という事ですね。
だから行動や手続きを規定するよりも、従業員のその場その場に応じた適切なる対応力、機転を利かす応用力、すなわち従業員一人一人が顧客を愛する教育が一番大切なのですね。

現状や一流の看板に甘んじず、しっかり足元を見つめ直し常に自発的に従業員皆が顧客の為にきめ細かいサービスを提供することの大切さを感じます。

顧客サービスの重要性は超一流の会社でさえそうなのですから、
看板も実績もない弊社のような会社は尚更必要です。

今後、弊社の方でも弊社なりの質の高いサービスを提供できるよう、
 「常にお客様の立場に立ったサービスを」 と強く感じたお話でありました。

まずはマニュアルや従業員の指導よりも  「何より我が身を正すことから。」 

日頃をかえりみ反省しきりのハウス太郎でした・・・・(-_-;) 
反省 <(_ _)> 「 お客様は神様です 」

マニュアル

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最近は、どこの企業もマニュアルが充実しています。
業務マニュアル、運営マニュアル、手続きマニュアル・・・
マニュアルがあれば、短時間で業務に慣れる事ができ、不用意なミスによって顧客に不快感をもたらしたり、
会社に損失を与えたりせずに済むというメリットがあります。それがマニュアル本来の価値です。

このエピソードは東京ディズニーランドのマニュアルとして、今でも語り告げられている感動の秘話です。

ディズニーランドのそのお店では 「お子様ランチは9歳以下」 とマニュアルにはしっかり記載がありました。
ある日、レストランの若い新人の青年は子供連れでない若い夫婦からお子様ランチの注文を3人前受けました。彼は、困りました。その上でその夫婦に聞いたのです。「どなたがお子様ランチを食べられるのですか?」

すると、若い夫婦が「死んでしまった娘の命日に、3人でお子様ランチを食べるまね事をしたかったんです。娘は亡くなる前にディズニーランドに来て、お子様ランチを食べるのを夢見ていましたもので・・」と言いました。

彼は「お子様ランチは9歳以下まで」というマニュアルを思い出しました。ディズニーランドのいち社員にすぎない自分が意図的にマニュアルを犯すべきではないと一瞬そう思いました。日頃からマニュアルを見落とし上司からこっぴどく叱られている自分の状況を思い出しました。そして

「すみません規則ですので・・」 と言うつもりが、なぜか彼は 「もちろん構いませんよ。」 と笑顔でそう言っていました。

そして、彼は、マニュアルを犯して注文を受けただけでなく、

「 お子さんはこちらに 」と居ないはずの子供へ子供用の椅子まで用意してあげました。そして彼は当たり前のように「 家族連れ 」として、2人をもてなしました。若い夫婦は亡くなった娘に思いを馴せながら、2人分のお子様セットを食べて内一つを大事そうに持ち帰ったそうです。

その後、ディズニーランドには、この夫婦からお礼の手紙が届きました。
「お子様ランチを食べながら、涙が止まりませんでした。まるで娘が生きているように家族団らんを味わいました。こんな娘との家族団らんの体験を東京ディズニーランドでさせていただくとは夢にも思いませんでした。」その話は、会社の上層部に伝わり、社員にも口コミで広がり、ディズニーランドの逸話の1つとなって駆け巡りました。

マニュアルとはそもそも顧客の満足度を上げるために造られた物であり、顧客満足が最優先のはずです。形式通りマニュアル通りにやった結果、顧客が嫌な気分になるとしたら、そんなものはマニュアルとは呼べませんよね。

ちょっと感動した秘話でしたので皆さまにご紹介しました。この様な愛にあふれる温かい接客、素敵ですね。( ^)o(^ )

内の会社の頭の固い従業員が青年と同じ行動を、はたしてできるかな・・・・・・できないだろうな・・・・・

あっ! そもそも内にはそんな、たいそうなマニュアルなんてなかった・・・・・失礼しました・・・・(-_-;)

幸せ言葉♪~

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毎月月始め恒例の日程表の書き換えで曜日を動
かそうとしたところ、なんと3月は2月と同じで
1日は金曜日から始まり、
全ての日にちと曜日が一致することに気づきました。

なるほど、2月は28日(7の倍数)までしかないので、そうなるのかと感心すると同時になぜか少しラッキーな気持ちになりました。

少し大袈裟かもしれないですが、私の尊敬する
斉藤一人先生(ご存知銀座まるかん創業者、日本の納税額12年連続ベスト10位以内)によると

小さなことに感動し感謝して幸せ言葉を使うことが日頃から大切だという事です。

さすがに日程表に向かって ありがとうとは言いませんが 「ラッキー今月は初っ端なからツイテるぞ」
独り言を言いました。

幸せ言葉を使うと、少しずつ幸せに近づいていけるらしいです(日本一の実業家が言うから間違いない)

幸せ言葉とは
(・どうもありがとう、おかげさまで、面白い、たすかりました、よかった、ラッキー、ついてるぞ、〇〇(親、子、友人、同僚)のおかげで、すばらしい、美しい、さすがだね、君ならできると思っていた、調子いいね、のってるね、君がいるからよかった、まだ〇歳これからだ、今日も充実した1日だった。朝、今日もよく寝た。さあ今日も楽しいわくわくした一日になるぞ。等など)意識的に使うといいそうですよ。

不幸せ言葉とは(当たり前だろう、面白くない、悪い、底辺、不幸だ、調子わるい、~のせいでこうなった、なんで自分ばっかり、助けて、汚い、これくらいもできないの?わからないの?とろい、早く~、バカ、アホ、もう年だから、若くないし、悪口、チェッ舌打ち、クラクションを鳴らす等など)

人は他人から言われた言葉よりも、自分の言った言葉に一番反応するという事です。自分の耳に一番近い自分の口から言っているので当然ですね。ましていつも一緒の耳と口ですから。

「当たり前だそんなこと最初っからわかっているバカらしい」と言ったあなた?それは幸せ言葉ですか?

もしも自分のまわりに幸せ言葉があふれていれば幸せになれる気がしませんか?

人から言われて気分のよくなる言葉をすすんで自分も使いましょう。恥ずかしがらずに幸せ言葉を使いましょう。誰も不幸せににはなりたくないはずですから。(強制はしませんが・・・)

というわけで最近自分自身、大袈裟に、意識的に、わざとらしく、不自然に、幸せ言葉を連発し
周りから 「何か変?」 と言われる最近のハウス太郎でした・・・・
でも心なしか最近少しラッキーです♪~♪ (気のせい?)







仕事初め!

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琉大近くから中城湾の初日の出を望む


新年、明けまして おめでとうございます。

今日から仕事初めとなります。

今年は更なる飛躍を目指し、
地域貢献を第一に精進して行きたいと思っております。

ブログもさぼらずに・・・・・(^_^;) 
すみません・・・・言葉もありません。

これから毎年恒例の仕事祈願で波の上宮へ行ってまいります。

とにかく今年も

・あせらず、・元気よく、・できる範囲でがんばって行きたいと思います。

(これくらい力が抜けているくらいが、
ちょうど良いと思えるのも年の功かな・・・・今年で46歳。)

本年の皆様方のご繁栄を祈念いたします。ご自愛下さい。

仕事とは(Ⅱ)

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一生の内の大半が仕事か睡眠です。

睡眠中は無意識な為、人生のほとんどが仕事をしていると
捉えていいでしょう。

そう考えると、その人が幸せか不幸せかは、
その人の仕事次第ではないでしょうか。

とわいえ、ほとんどの人々が自ら欲する仕事に就けていないのが現状です。

そういう人たちにとって仕事とは義務(労働)という感覚なはずです。

しかし一部の稀な成功者にとって仕事とは

「 人生における楽しい大いなる暇つぶし 」だそうです。

仕事を義務(労働)ととらえている人達は
終業時間を気にしていつも時計が気になるのに対して

成功者は時間がいくらあっても足りないくらいに仕事に没頭します。
そういう方に

「こんなに仕事をして大変ではないですか?疲れませんか?」と質問すると

「楽しい事をしていて何で疲れるの?何が大変なの?」と平然と答えられるという事です。

私を含め凡人にとって、そう思えるのは、うらやましい限りです。

少しでもそう思える為にも、当社の最も目立つ所に上の額を飾っております。

結局、同じ仕事なのだから

「どうせなら楽しみながら仕事をして行こう。」

そう自分に言い聞かせながら空元気で日々仕事に励んでいるものの

唐突なクレームに頭を悩ませる最近のハウス太郎です・・・(-_-;)

追伸、

もちろん私は凡人ですが、べ・・・・べつに(-_-;) 
仕事は嫌いではありませんので・・・あしからず)^o^(

 
 
 
 
 

名もない者の詩「おかげさまで」

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この詩を当社の一番目立つところに掲げています。



「おかげさまで」といつも感謝の気持ちでいられれば、「それだけで幸せ」なんだなぁと

この名もない者の詩から教えられます。

人の幸せは自身の内面から来るものなのですね。

日頃から小さな事、ほんの些細なことにも感謝して過ごせれば

幸せはいつもすぐそばにあるのですね。


 
 
 
 
 

仕事とは

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弊社近くの西原幸地の高台より中城湾の朝焼けを望む



仕事
 ↓
私事(しごと)

嫌々ながら仕事をしていては、自分だけではなくお客様や周りの方々にも迷惑かけてしまいます。
仕事とは、「わたくしごと」として、あくまでも自分や家族のため、ひいては世の中の人々のために行うべきものだと思います。
いつも笑顔で、自分のために楽しみながら仕事をして行ければ、おのずと周りの方々から笑顔を頂け感謝されます。仕事をする上で、これ以上の幸せはないですね。

私事
 ↓
志事(しごと)

仕事とは、自分がいかにして世の中の人々とつながっているかという事ですね。
そう考えると、人に嫌な顔をされる仕事ほど嫌な仕事はないはずです。
逆に、人に感謝される仕事ほど楽しいものはないですね。
世の中には、様々な仕事がありますが、心の持ち方一つで仕事への取り組み方も変わっていくでしょう。

花屋の売り子だって、人一倍の笑顔ともてなしでお客様の一日を気持ち良いものにすることができます。

仕事とは、ただ労働力との引き換えにもらえる報酬(お金)の為だけではなく
人の為ひいては世の中の人々のため、自分に何ができるかという事ですね。

仕事を通じて、

「 人々が幸せになることが、自分の幸せにつながる 」という

「 志 」を持って 仕 「 事 」に取り組めれば、私にも最高の人生がおくれる様な気がします。

決して
止事(仕事)にはならないように、自分を活かして明るく前に進んで行けたらと思います。


 
 
 

 

 

 

 

 

 

店舗外観

■住所--------------------

那覇市首里石嶺2丁目

193-15

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■営業時間----------------

平日9:00~18:30

■定休日------------------

日曜日

お問合わせ--------------

TEL:098-885-8589

FAX:098-885-8591

代表者:山内

店長:小橋川

店長の小橋川です。日々工夫しながら、更新しております。/
新着物件・更新致しました。\(^v^)/