御茶多理真五郎 (ウチャタイマグラー)

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昔、西原巻間切嘉手苅村(現在の西原町字池田)というところに、五郎(グラー)という大変な豪傑がいました。
昔は、どこの村でも、戦前までは季節季節に盛んなお祭りがありました。
そのお祭りというものはもともと、人間が楽しげに賑やかにしているのを神様に見てもらう、そうすると神様は「よしよし、わんの保護してやっている人間どもは、幸福に暮らしているらしいなー」と安心するという意味があったのだそうです。
神様を安心させるには、相撲が一番だという考えがあって、どこの村でも以前はよくお祭りには相撲をやったそうです。
さて五郎は、あっちの村で相撲があると聞けば出かけて行って相撲をとります。
こっちの村で相撲があると聞けばまた出かけます。
そして、どこに行っても負けた事がありませんでした。
よって当時沖縄で、西原間切の五郎といえば、非常に有名でした。
とはいえ五郎は、剛力無双というだけの粗野な男ではありませんでした。
彼はまた、三味線や歌の名手としても有名でありました。
筋骨たくましく、口元の気きりりと引き締まって精悍そのものといった彼が、ひとたび三味線を手にすると、どこからこのような音色が出るであろうかと思わせるぐらい、とても奥ゆかしい綺麗な爪弾きを聞かせるのでした。
しかしこうした五郎もついに死ななければならない日が来ました。

そして五郎は御茶多理山の墓(現在の西原町字池田)に葬られました。(↓写真、地図)

不思議が起こったのはその後のことでした。墓の中で、亡者どもを呼び集める声がしたり、相撲をとっているらしく、わーっという喚声がしたりします。ときにはまた三味線の音や歌や歌う声がすることもあります。
「生前に精気あふれ、生き生きとしていた五郎の魂が簡単に消えてしまうはずはなかったのだ」 
と、この世の者達は噂し合いました。
「遊び好きの彼のことだから、あの世に行っても、亡者どもを集めて相撲をとったり、歌、三味線で遊んでいるのだ」
というのが皆の解釈でした。
とはいうものの、墓の中から異様な物音や人声が聞こえるのは、気持ちの良いものではありません。
日が暮れると、墓のそばを通る人は誰ひとりいなくなってしまいました。

しかし年月がたって、しだいに五郎の魂も力が衰えたのか、怪異な音声もそのうち聞こえなくなったそうです。

西原町の幸地の高台より見下ろす中城湾と幾つかある小高い丘のひとつ(あいわクリニック後方の丘で沖縄カントリーゴルフ場手前の丘)の御茶多理山に御茶多理墓 (うちゃたい墓)がありました。現在、墓の位置は不明となっています。




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